泣けるものなら、泣いてみたまえ、臥龍先生よ。
知っている。わたしのことなど、歯牙にもかけて居らなかった。
だのに、ようも、このわたしの柩の前にやってきたものだ。
ただし、哀れみの涙なら御免蒙る。
貴君は、わたしに欠けているものを全て持っている。
其の上、わたしが喪失したものまで持っている。
ここで貴君が泣かねば、二度とあの梟雄には生きて会わさぬが、
どうだ、わたしが死んでも、涙ひとつ、浮かばぬであろう。
貴君は我が江東にとって、甚だ危険なのだ。
そこのところを、今、江東の誰も理解できていない。
何という危機的状況の中で、この世を去らねばならないのか。
せめて、先立った我が覇王へ、国禍を除いて来たと、笑顔で言ってやりたい。
是が非でも、ここで死んでもらわねばならぬ。
貴君ら主従は、揃いも揃って、實に危険極まりない。
貴君はもとより、劉使君は当代の梟雄、
美人計を逆手にとられたのは貴君の才だが、
国太と国老を誑し込んだのは、使君の才だ。
出自の怪しい逃げ足の早いだけの男と、見くびっていた。
やはり、あの時に殺しておくべきだった。
あの御人好しは危ぶんだが、
貴君に知られずに使君をおびき出すことなど、
簡単なことだった。
なぜなら、もし貴君がわたしで、使君が亡き覇王なら、
覇王も、同盟とわたしの面目と安否を気遣って、
問い合わせる悠長などをせず、必ず来るに違いないからだ。
そして、貴君ら主従がそれほどの絆を結んでいるならば、
愈愈もって捨て置けぬと、試みるつもりも僅かにあった。
果たして、使君はやってきた。
使君とて馬鹿ではあるまいに、疑念を持っていないという証に、
居ないも同然の、唯だ二十人の供回りとは、恐れ入った。
うち一人が、万夫不当の豪の者であったのは誤算だったが。
其の会合で、貴君ほどの者が臣従する男とは
どんな人物か、値踏みもしたかった。
負け犬な、垢抜けない田舎爺を想像していたが、
噂のとおりに、巨大な耳を左右にして、
おっとりと優しげで、案外に貴人の相で、
漢室の傍流という、真偽の定かでないことを、
信じさせてしまうような風貌をしていたな。
『話していると、いい気分になってきてしまう』とは、
人がよくわたしを褒めた言だが、なかなかどうして、
貴君の主も、其の類の者らしい。
わたしすら、うかとすると誑されそうであった。
益益に厄介な人物だ。
いっそ、御しやすいただの好好爺であったなら、
昏い殺意を募らせずに済んだかも知れぬのに。
「孔明と久しく会っておりません。都督、お呼びくださるまいか」
其のときの、使君の情愛に溢れた貌といったら、どうだ。
子を思う親か、それとも弟を思う兄か、
とにかく、臣の一人を案じているだけの君主の貌、ではなかった。
わたしは、其れによく似た表情を、知っている。
否、知っていた。
よく見ていた。朝な夕なに、あのような眼差しを、注がれていた。
そして、早くに喪った。
貴君はこの、親子ほども歳の離れた、おっとりとした主君に
あれほどに目をかけられて、しかも其れほどの恐るべき天賦の才を
毎日、伸び伸びと、好き放題にしているのか。
わたしからは、天が早々と取り上げてしまった。
生涯お仕え申し上げたかった、我が覇王を。
天は無慈悲だ。
なぜ貴君だけが、そんなにも所持しているのだ。
なぜ貴君だけに、そんなにも与えられているのだ。
江東隋一の美貌が、楽才が、何になる。人がそう囃しているに過ぎない。
貴君には、望んでも得られないものなど、この世にあるのか。
あるのならば、冥土の土産に聞かせてくれ。
其れが嫌なら、言えぬなら、あるいは一つも無いならば、
やはり泣け。
泣けぬなら、やはり生きて帰れぬと思え。
知っている。わたしのことなど、歯牙にもかけて居らなかった。
だのに、ようも、このわたしの柩の前にやってきたものだ。
ただし、哀れみの涙なら御免蒙る。
貴君は、わたしに欠けているものを全て持っている。
其の上、わたしが喪失したものまで持っている。
ここで貴君が泣かねば、二度とあの梟雄には生きて会わさぬが、
どうだ、わたしが死んでも、涙ひとつ、浮かばぬであろう。
貴君は我が江東にとって、甚だ危険なのだ。
そこのところを、今、江東の誰も理解できていない。
何という危機的状況の中で、この世を去らねばならないのか。
せめて、先立った我が覇王へ、国禍を除いて来たと、笑顔で言ってやりたい。
是が非でも、ここで死んでもらわねばならぬ。
貴君ら主従は、揃いも揃って、實に危険極まりない。
貴君はもとより、劉使君は当代の梟雄、
美人計を逆手にとられたのは貴君の才だが、
国太と国老を誑し込んだのは、使君の才だ。
出自の怪しい逃げ足の早いだけの男と、見くびっていた。
やはり、あの時に殺しておくべきだった。
あの御人好しは危ぶんだが、
貴君に知られずに使君をおびき出すことなど、
簡単なことだった。
なぜなら、もし貴君がわたしで、使君が亡き覇王なら、
覇王も、同盟とわたしの面目と安否を気遣って、
問い合わせる悠長などをせず、必ず来るに違いないからだ。
そして、貴君ら主従がそれほどの絆を結んでいるならば、
愈愈もって捨て置けぬと、試みるつもりも僅かにあった。
果たして、使君はやってきた。
使君とて馬鹿ではあるまいに、疑念を持っていないという証に、
居ないも同然の、唯だ二十人の供回りとは、恐れ入った。
うち一人が、万夫不当の豪の者であったのは誤算だったが。
其の会合で、貴君ほどの者が臣従する男とは
どんな人物か、値踏みもしたかった。
負け犬な、垢抜けない田舎爺を想像していたが、
噂のとおりに、巨大な耳を左右にして、
おっとりと優しげで、案外に貴人の相で、
漢室の傍流という、真偽の定かでないことを、
信じさせてしまうような風貌をしていたな。
『話していると、いい気分になってきてしまう』とは、
人がよくわたしを褒めた言だが、なかなかどうして、
貴君の主も、其の類の者らしい。
わたしすら、うかとすると誑されそうであった。
益益に厄介な人物だ。
いっそ、御しやすいただの好好爺であったなら、
昏い殺意を募らせずに済んだかも知れぬのに。
「孔明と久しく会っておりません。都督、お呼びくださるまいか」
其のときの、使君の情愛に溢れた貌といったら、どうだ。
子を思う親か、それとも弟を思う兄か、
とにかく、臣の一人を案じているだけの君主の貌、ではなかった。
わたしは、其れによく似た表情を、知っている。
否、知っていた。
よく見ていた。朝な夕なに、あのような眼差しを、注がれていた。
そして、早くに喪った。
貴君はこの、親子ほども歳の離れた、おっとりとした主君に
あれほどに目をかけられて、しかも其れほどの恐るべき天賦の才を
毎日、伸び伸びと、好き放題にしているのか。
わたしからは、天が早々と取り上げてしまった。
生涯お仕え申し上げたかった、我が覇王を。
天は無慈悲だ。
なぜ貴君だけが、そんなにも所持しているのだ。
なぜ貴君だけに、そんなにも与えられているのだ。
江東隋一の美貌が、楽才が、何になる。人がそう囃しているに過ぎない。
貴君には、望んでも得られないものなど、この世にあるのか。
あるのならば、冥土の土産に聞かせてくれ。
其れが嫌なら、言えぬなら、あるいは一つも無いならば、
やはり泣け。
泣けぬなら、やはり生きて帰れぬと思え。