真冬の翔の、誰も来ない夜更けの玉座の前の、
倹約した頼りない灯火のそばで、
いち、に、さん、と数を数えながら
寄り添って、くるくると舞う人影がふたつ。
龍帝剣を継ぐ侠は、至極、真剣な表情で、
練習相手を務める聖なる軍師の
ほっそりした手をとり、腰のあたりを抱えて、
息をあわせて、ゆったりと踊っている。
発明家の娘は、この奇妙な練習を知っているので、
今夜もそのひっそりとした広間に、
小さな手押し車を転がしてきた。
聖軍師の夜の薬にあわせて、
龍帝剣を継ぐ侠にはお茶を用意して、
「お二人とも、ご精が出ますこと・・・。先生、お薬の時間ですわ」
遠慮がちに声をかけた。
「もうそんな時間か」
「月英さん、ありがとう」
つい一週間ほど前までは、まるで体操のような雰囲気だったのが、
ここへ来て、どうにか舞踏というような柔らかな形を成してきたことを、
眼鏡の娘は、言うべきか言わざるべきか、迷っている。
「夜遅くまでゴメンな。宿直の侠に頼んでいいんだぞ」
優しげなまなざしを漂わせながら、
「ひゃー、五臓六腑に染み渡るよ。ノドからからだ」
などと喜びつつ、彼は床に座り込んで冷たい茶を一気飲みする。
「おひい様も、轟でお待ちかねでございましょう」
婉曲に言いながら、眼鏡の娘は聖軍師には
煎じ薬を与える。
件の、轟のお姫様は、老母が
「年越しには顔を見せておくれ」と言い募ってくるので、
一時帰国を決め、
「劉備、轟で待ってるから、クリスマスには絶対来てよ!」
と、元気よく、迎えの水軍のバイクモードの船に
便乗して風のように去っていったのだ。
「なんだったかな、栗蒸します舞踏会・・とか何とか」
「西の国の趣向の、冬の宴会のようでしたね」
「手ぶらで行くわけにもいかないが、さて・・・」
「特産の、翔錦を百疋ほど、お持ちになれば不足はございますまい。
生産している色柄は、どれも月英さんのお眼鏡に
かなったものばかりなのですから」
ひそかに心を寄せる聖軍師に、花を持たされて、
眼鏡の娘は目元を淡く染め、慌てたように続ける。
「おひい様は、劉備さまがお越しになるだけでお喜びですよ・・・
そのための特訓ではありませんの?」
茶瓶を掲げて、おかわりを勧めながら、眼鏡の娘は
(どうして、舞踏のお相手を、先生が?)
という疑問を、いまだに問えないでいる。
「うーん・・その、な、踊りたいご婦人がいるんだ」
「・・え・っ? もしや、おひいさまではなく、他に・・・」
「轟国太さまだよ」
亡き猛虎の令室で、姫の母堂だ。
「あの、・・なぜ、御母君さまと?」
「打ち解けたいからさ」
「あ、おひいさまとのお話を、円滑にお進めになるためにですね」
「その逆」
彼は、立ち上がって、空になった茶碗を手押し車に戻しながら、
「まるくおさめたいからだ。妻帯する気はないと、
はっきり説明して帰ってくるつもりなんだ」
「・・・え?」
眼鏡の娘は、耳を疑った。
「嫁取りのご挨拶ならば、お姫様もお望みのところ、
そして同盟上もこの上ない良縁なのですが」
「もう言うな孔明。これしきのことで壊れるような同盟のはずがない」
彼の心はとうに決まっているのだろう、
まっすぐに我が軍師を見てから、眼鏡の娘に視線を移し、
「娘の幸せを一番のぞむのは、母君だろう。
きっと、ご理解を得られると思う。
・・・その、西の涯の国の誰かが言ったらしい、
『私は国家と婚姻しました』とか、言ってくるかな。
・・・ちょっと、キザだな」
迷いもなく明朗に笑う。
「それで、ヒミツに、先生と特訓なさっていたのですか・・・?」
これも一つの計略ならば、わざわざ病み上がりの聖軍師が
特訓の相手を買って出ていたのも頷ける。
彼の旗下の者どもは、皆、体躯のよいものばかりで、
武芸ならいざ知らず、このようなことの練習相手は、
見るからに不向きなこともあろうが。
「秘密だからというわけではないさ。国太さまと、
孔明の背丈が、ほとんど同じらしいからだよ。
翼はお持ちではないそうだから、こうしてほら、
青いのを着てもらっているわけだ」
彼は、大真面目な顔をして、眼鏡の娘の問いに答えた。
「でもっ・・・! それでは、おひいさまが」
「心配するな。あのお転婆姫は気付いていないだけで、
陸遜提督という立派な侠が、すぐそばに居るんだから」
何もかもお見通しの、慈父のような表情で、
彼は、眼鏡の娘を諭すように言う。
「さあ、今日は仕舞だ。寝よう」
「もう少し、平気です」
「ダメ。お前はすぐ夜更かしするからな・・・
月英、ありがとう。美容ってやつのために、
君も早く寝るんだぞ」
「・・ありがとうございます。お休みなさいませ」
「うん、お休み」
娘を広間にひとり残して立ち去ったりなどしない
そんな彼の性格を既に知っているので、
眼鏡の娘は、挨拶を潮に退出したため、
その後のことは、彼らしか知らない。
彼は、広間の灯火を手燭に移してから吹き消して、
「そうだ、一つ練習を忘れていたよ」
そう言って、昏がりで、聖軍師の少し冷たい手を
人差し指で掬い上げるようにを取り、徐にかがむと、
そのつややかな中指の背のあたりへ、あたたかな唇を寄せた。
西の国の習慣であるらしい、貴婦人への挨拶を模したのだ。
「・ゅぅ、び、さ・・」
「・・・どうかな」
「どう・・って、」
「あまり、よそよそしくても、よくないって聞いてるから」
「・・・」
「じゃ、もう一回」
彼は、国太さまとは、踊らないかもしれない。
むしろ、毎日の練習が、彼にとっての本番のようであった。
其の事に、聡明な聖軍師が、気付かぬ由もないのである。
ないのであるが、このことにかこつけて、
出会った頃の姿を腕にすることが、
出会った頃の姿で彼に手をとられることが、
そして、あと半歩ずつ踏み出しさえすればよいものを、
互いに躊躇い続けるような、
この淡い甘さこそが、秘密なのかもしれなかった。
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倹約した頼りない灯火のそばで、
いち、に、さん、と数を数えながら
寄り添って、くるくると舞う人影がふたつ。
龍帝剣を継ぐ侠は、至極、真剣な表情で、
練習相手を務める聖なる軍師の
ほっそりした手をとり、腰のあたりを抱えて、
息をあわせて、ゆったりと踊っている。
発明家の娘は、この奇妙な練習を知っているので、
今夜もそのひっそりとした広間に、
小さな手押し車を転がしてきた。
聖軍師の夜の薬にあわせて、
龍帝剣を継ぐ侠にはお茶を用意して、
「お二人とも、ご精が出ますこと・・・。先生、お薬の時間ですわ」
遠慮がちに声をかけた。
「もうそんな時間か」
「月英さん、ありがとう」
つい一週間ほど前までは、まるで体操のような雰囲気だったのが、
ここへ来て、どうにか舞踏というような柔らかな形を成してきたことを、
眼鏡の娘は、言うべきか言わざるべきか、迷っている。
「夜遅くまでゴメンな。宿直の侠に頼んでいいんだぞ」
優しげなまなざしを漂わせながら、
「ひゃー、五臓六腑に染み渡るよ。ノドからからだ」
などと喜びつつ、彼は床に座り込んで冷たい茶を一気飲みする。
「おひい様も、轟でお待ちかねでございましょう」
婉曲に言いながら、眼鏡の娘は聖軍師には
煎じ薬を与える。
件の、轟のお姫様は、老母が
「年越しには顔を見せておくれ」と言い募ってくるので、
一時帰国を決め、
「劉備、轟で待ってるから、クリスマスには絶対来てよ!」
と、元気よく、迎えの水軍のバイクモードの船に
便乗して風のように去っていったのだ。
「なんだったかな、栗蒸します舞踏会・・とか何とか」
「西の国の趣向の、冬の宴会のようでしたね」
「手ぶらで行くわけにもいかないが、さて・・・」
「特産の、翔錦を百疋ほど、お持ちになれば不足はございますまい。
生産している色柄は、どれも月英さんのお眼鏡に
かなったものばかりなのですから」
ひそかに心を寄せる聖軍師に、花を持たされて、
眼鏡の娘は目元を淡く染め、慌てたように続ける。
「おひい様は、劉備さまがお越しになるだけでお喜びですよ・・・
そのための特訓ではありませんの?」
茶瓶を掲げて、おかわりを勧めながら、眼鏡の娘は
(どうして、舞踏のお相手を、先生が?)
という疑問を、いまだに問えないでいる。
「うーん・・その、な、踊りたいご婦人がいるんだ」
「・・え・っ? もしや、おひいさまではなく、他に・・・」
「轟国太さまだよ」
亡き猛虎の令室で、姫の母堂だ。
「あの、・・なぜ、御母君さまと?」
「打ち解けたいからさ」
「あ、おひいさまとのお話を、円滑にお進めになるためにですね」
「その逆」
彼は、立ち上がって、空になった茶碗を手押し車に戻しながら、
「まるくおさめたいからだ。妻帯する気はないと、
はっきり説明して帰ってくるつもりなんだ」
「・・・え?」
眼鏡の娘は、耳を疑った。
「嫁取りのご挨拶ならば、お姫様もお望みのところ、
そして同盟上もこの上ない良縁なのですが」
「もう言うな孔明。これしきのことで壊れるような同盟のはずがない」
彼の心はとうに決まっているのだろう、
まっすぐに我が軍師を見てから、眼鏡の娘に視線を移し、
「娘の幸せを一番のぞむのは、母君だろう。
きっと、ご理解を得られると思う。
・・・その、西の涯の国の誰かが言ったらしい、
『私は国家と婚姻しました』とか、言ってくるかな。
・・・ちょっと、キザだな」
迷いもなく明朗に笑う。
「それで、ヒミツに、先生と特訓なさっていたのですか・・・?」
これも一つの計略ならば、わざわざ病み上がりの聖軍師が
特訓の相手を買って出ていたのも頷ける。
彼の旗下の者どもは、皆、体躯のよいものばかりで、
武芸ならいざ知らず、このようなことの練習相手は、
見るからに不向きなこともあろうが。
「秘密だからというわけではないさ。国太さまと、
孔明の背丈が、ほとんど同じらしいからだよ。
翼はお持ちではないそうだから、こうしてほら、
青いのを着てもらっているわけだ」
彼は、大真面目な顔をして、眼鏡の娘の問いに答えた。
「でもっ・・・! それでは、おひいさまが」
「心配するな。あのお転婆姫は気付いていないだけで、
陸遜提督という立派な侠が、すぐそばに居るんだから」
何もかもお見通しの、慈父のような表情で、
彼は、眼鏡の娘を諭すように言う。
「さあ、今日は仕舞だ。寝よう」
「もう少し、平気です」
「ダメ。お前はすぐ夜更かしするからな・・・
月英、ありがとう。美容ってやつのために、
君も早く寝るんだぞ」
「・・ありがとうございます。お休みなさいませ」
「うん、お休み」
娘を広間にひとり残して立ち去ったりなどしない
そんな彼の性格を既に知っているので、
眼鏡の娘は、挨拶を潮に退出したため、
その後のことは、彼らしか知らない。
彼は、広間の灯火を手燭に移してから吹き消して、
「そうだ、一つ練習を忘れていたよ」
そう言って、昏がりで、聖軍師の少し冷たい手を
人差し指で掬い上げるようにを取り、徐にかがむと、
そのつややかな中指の背のあたりへ、あたたかな唇を寄せた。
西の国の習慣であるらしい、貴婦人への挨拶を模したのだ。
「・ゅぅ、び、さ・・」
「・・・どうかな」
「どう・・って、」
「あまり、よそよそしくても、よくないって聞いてるから」
「・・・」
「じゃ、もう一回」
彼は、国太さまとは、踊らないかもしれない。
むしろ、毎日の練習が、彼にとっての本番のようであった。
其の事に、聡明な聖軍師が、気付かぬ由もないのである。
ないのであるが、このことにかこつけて、
出会った頃の姿を腕にすることが、
出会った頃の姿で彼に手をとられることが、
そして、あと半歩ずつ踏み出しさえすればよいものを、
互いに躊躇い続けるような、
この淡い甘さこそが、秘密なのかもしれなかった。
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