花咲姑娘(はなさか くーにゃん) 平和ボケif翔

2005/12/31

SDG三国伝BBW

暗黒玉璽を制した世紀の一戦が終結して、
初めての春を前に、翔の、
なだらかな丘の桃の樹の林の中で、
鬼髯廟の普請が始まった。

戦後の経済的混乱も鎮めるため、
公共事業として行い、民を潤し、
孤児になってしまった子供たちにも、
賄いの手伝いなどをさせて、腹いっぱい食べさせる。
国庫は決して潤沢ではなかったが、
冬の間、聖なる軍師は病床の中から
あちこちを削る指示を出し、資金を捻出して
このほど、ようやく造営をはじめたのだ。

「皆、生き生きしている。翔はこれからだ」
普請場の視察に来た彼は、
もう歩けるようになった我が軍師を伴って、
穏やかに笑みを向けた。
「桃が咲く頃には、甍が乗りましょう」
聖なる軍師も、随分と血色の戻った微笑で彼に応じる。

「おーい、張飛、一度にそんなに運べるのかー?」
庶民の筆頭に立って、材木を運んで号令している義弟の
ひときわ目立つ姿を認めて、彼は楽しげに叫んだ。
「アニキ、俺様を誰だと思ってるんだー? 任せとけって!」
彼の倍の音量の声が、桃林に反響する。
「はは・・・傷に響いたか」
「もう大丈夫です」
「みんな、耳塞いだかな」
「もう慣れておりましょう。張飛さんは皆の人気者ですから」
「うん、アイツが居ると、雰囲気が明るくなる」
聖軍師は、花が綻ぶような表情で、同感を示した。
「アイツは、本当に優しい侠だ。・・・ちょっと早トチリな所もあるけどな。
この廟のことを一番喜んでいるのは、アイツかもしれない。
ああ見えて、涙もろい。『楼蘭』と聞くと、いまだに涙目になる」
彼は、秘密を打ち明けるように、我が軍師に囁いた。
「きっと、お優しい方だったのですね」
「いや、残念だが俺達、楼蘭には会ってない」
「・・・えっ」
「関羽は、ああいう奴だから、お前には話さなかったんだろうな。
アイツが俺達と会ったときには、楼蘭はもう亡くなっていた」
「・・・そうでしたか・・・」

聖軍師は、年のころを数えて、うら若い娘の死を悼むように、
白い扇を口元に寄せて俯いた。
「関羽は、楼蘭の墓がある土地で、ずっと仇を討とうと思っていたらしい。
俺達三人で、董卓を倒そうと旅に出る時、楼蘭に暇乞いに行ったらな、
冬枯れの野に、一面の花が咲いて、行けと言ったそうだ」
「美しいお話ですね・・・」
「そうだな、『アイツの目にはそう見えた』、
それだけでいいのかも知れないが、俺は本当だと思っている。・・・この話には続きがある。
・・・聞きたいか? 孔明」
彼は、いたずらっぽい目をして、隣に立つ軍師の
整った白い貌を横目で眺めた。
「・・・聞きたいです」
こうして、彼の語ることに一番の関心を払っていることを、
不意に確かめようとする彼を、意地悪だと思いながら、
聞きたくないなどと、心にもない天邪鬼を言って意趣返しをするようなことは、
聖軍師は、彼に対してはどうしても出来ないのだ。

「的盧を手に入れることができたのは、楼蘭のおかげなんだ」
「どういう、ことでしょうか」
さすがの天才軍師も、それだけでは因果関係が読めずに、
白い扇をひとつ繰り、小首を傾げて見せた。

無心に不思議そうな色を刷いたときの両の瞳は、翡翠のようでまた格別に麗しいと、彼はひそかに思いながら、続きを聞かせる。

「蓬莱の民は、すぐには的盧の居場所を教えてくれなかった。
当然と言えば当然か、伝説の馬は、長老だけが知っている
聖域の厩で、秘密で飼われていた」
そこで彼は、ちょっと長くなるから掛けよう、と、
まだ完治していない軍師の深手を気遣って、
木の切り株に腰掛けさせて、自分はその隣に胡坐をかいた。

「最初は、言葉も通じない。
そのうち、三璃紗に住んだことのある者の子孫が現れて、片言でやりとりするようになって、ようやく打ち解けてきたある晩のことだがな」

聖軍師には、異国にあっても、子供たちと無邪気に遊び、
弱きを助けながら、毎日まっすぐな目で懸命に
長老に懇願する彼の姿が、目に見えるようだった。

「焚き火を囲んでな、長老が、孫に何か御伽噺を
しているんだ。それで、どんな話なのかを聞いた。
俺もその話を知っていると、楼蘭の話をして、蓬莱の言葉で、皆に伝えてもらった」
彼の話の中から、焚き火の煙の香りまでが
漂うようで、聖軍師は瞬きも忘れたように、
蓬莱での出来事を傾聴していた。
「そしたらな、長老が涙を流して、不自由な足で懸命に俺のところまで歩いてきて、手を握ってくれた。・・・言葉はわからなかったが、すぐ分かった。
俺に、的盧をくれるのだと」
「楼蘭、さん・・・」

G記の断簡には、このようなことは記されていなかった。
預言はあくまで預言であり、人の和や意思は、運命を如何様にも変え得ることに、聖軍師は心が震えて止まない。
それを、何度も実現してきたのが、他ならぬ彼なのだ。

「あとで三璃紗の子孫に聞いたらな、
『的盧は、言葉の通じない者が求めに来る。
その者と言葉が通じないのに
その者が我らと同じ事を語るならば、授けよ
金や力で的盧を贖おうとしたならば、授けてはならぬ』
そんな言い伝えがあったらしい。これに背くと、祟りがあると」
「蓬莱の長老は、どんなお話をなさっていたのですか」
「子供の教育の為のおとぎばなしのようだったがな、・・・大事な者を殺されて、悲嘆に暮れる家族に、夢のお告げがあって、そのとおりに遺灰を撒くと、枯れ木に花が咲いた、そんな話らしかった」

少し飛躍しているようにも思えたが、
聖軍師は得心が行ったように、ゆっくりと白い扇を繰った。
「この際、本当の話か作り話かではなく、
花が、誰かの心を映し出すことがあると信じているかどうか、
そういうところだったんじゃないか。
蓬莱の民は、心が清いな。楼蘭のことがなかったら、
俺にはそんな、繊細なことは思いつかなかった」

「こう考えると、俺達三人が、満開の桃の花に送り出されたことも、
ひょっとしたら、先代の龍帝を継いだ者が、
何か言いたかったからかもしれないだろう。
・・・そして、鬼髯廟の桃の花で、俺達の戦いも終わるんだ。
歴史は繰り返す。永劫の平和は願っても叶わないかもしれないが、
三璃紗を覆わんとする闇が忍び寄るのが、一刻でも遅いといい」
「あなたという人は、お優しい」
「そうか? 自分じゃ分からないがな」

彼はそう言いながら、
聖軍師が南蛮で負った背中の傷跡を
労わるように、温かい掌で、おっとりと撫でた。

のどかに、何となく二人が見つめ合っていると、
「おーい、アニキー、こうめーい、一緒に、握り飯、食おうぜーっ!」
普請の物音が一休みした丘陵に、故意になのかどうか定かではない、
無邪気な大音声が響き渡った。



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