伝統的お題で3題 (3) 月

2007/01/30

21c(パラレル雪月花) 劉公叔の物語(21世紀)

”ご搭乗のお客様にご案内申し上げます。北部地方の急な降雪による到着機の欠航および遅延のため、ダイヤが大幅に乱れております。
お急ぎのところ誠に恐縮ですが、ご出発の案内版をご覧の上、二階出発ロビーカウンターまでお問い合わせ下さい”

2月14日、日も暮れた、亜細亜の地方都市の空港では、案内嬢のアナウンスが無情にながれていた。

「帰れんのだろうかな」
「さて・・・どうでありましょうか」
「軟弱だ。ここは全然降ってないっスよ」
「乗る機体が来ないのであれば、止むを得ますまい」
彼は、舎弟ふたりと、若い好漢を従えて、頭上の電光掲示板を仰ぎ、搭乗を予定していた便名の末尾に「問い合わせ中」の文字を認めて、立ち往生をしていた。
「天には逆らえん。しばし待つとしよう」
ロビーはごったがえしており、おそらく飲食店も待ち疲れた旅行客で満席であろうと思われた。
常山の好漢が、、いち早く察して、
「少し冷えますが、展望デッキの横にでも」
と発案すると、
「さすが子龍、暗くなると、あの辺りは穴場」
「頭イイな。じゃ、俺、煙草吸って、缶コーヒーでもゲットしてから後から行きまスよ」
「そうか、迷うなよ」
「任せてくださいよ」
不測の事態にも、彼ら一行は絶妙なチームワークを見せる。

彼らは、出発ロビーの喧騒をあとにして、昼間は親子連れで賑わう、飛行機の離着陸がよく見える場所の白い柵をガラス越しにして、人もまばらな、翼の見えるデッキの横にやってきた。
「春先の天気は読めぬものだ」
「まさしく」
「・・・向こうは降っているのだろうかな」
「電話をお掛けになりますか」
「いや、掛けるにしても、飛ぶか否かがはっきりとしてからが良かろう」
「左様でございますな」
次弟が、暖かそうな長髯を撫でさするのを眺めながら
(帰心、箭の如しとは、このことだ)
と、一人息子の顔はもちろん、邸に残してきた先生の白い俤と黒髪を思い出した途端、急にそわそわという心持ちになってくる。
「兄者、兄者」
レジ袋のカサカサとした音と、のしのしという足音とともに、着膨れたジャイアントパンダのような末弟が現れ、
「売り切れでよ、蜂蜜レモンと、ココアしかなかったっス。みんな難儀してるよな」
ガサガサと、レジ袋を覗いて、次弟に蜂蜜レモンを渡しながら、
「あ、そーだ、何か放送してたぜ。ナントカ航空の359便にご搭乗の皆様・・・とか。売店のオネエチャンと喋ってて聞きそびれちまったけど。俺らの飛行機か?」
末弟は、若い敏腕執事にはなぜかココアを手渡しながら、頭脳労働は任せたというような視線を向けた。
「そうかもしれません。ちょっと様子を見てまいりましょう」

 
「え? マジ? 欠航?」
「はい、払い戻しは後日ということで、代替交通か航空会社系列のホテル手配の案内が出始めました」
「そうか」
彼は、大きな掌を後手にして、窓の外の月を仰ぐと、溜息を飲み込み、思案顔になった。
「エーッ、泊まっちゃおうぜー兄者、安宿でもいいじゃねぇスか、皆で酒、呑もうぜぇー」
「明日の予定はどうであったかな」
「映画『蜀漢帝国』上映後のトークショーにご出席です。・・・ですが、これでは来賓各位のご出席も覚束ない模様、明日の飛行機が確実であれば、ここに泊まってもよろしいですが、夜行で移動した方が、よりご賢明と考えます」
ぐびぐびと喉を鳴らしてココアを呷った末弟が
「理屈ではそうだけどよ、でも、この雪だ。誰が間に合うのかなんて。バックレても主催者にはわからんだろがよ。それにそれ、ツマラン民間のだろ」
不謹慎なことを言う。
生来、たとえ3分でも「待つ」ということが苦手なのだ。
「お言葉ですが・・・」
「これ、しこたま酒が呑みたいのはわかるが、酒瓶は逃げんだろ」
「アーッ、酒酒言わねぇで下さいよ。明日としてもでス、飛んで帰るんなら空港から車なんだから、どっちにしろ、二日酔いはできねぇんでスから」
「二日酔い・・・な。わしが代わってやってもよい」
「ダメ! 劉家の車のハンドルは、兄貴でも譲れねえ。それにだ、万一コトがあったとき、俺様の運転スキルと兄貴の射撃がなけりゃ、ヤバいことぐらいは分かってるッス」
「おお、分別はあるのだな」
「見損なっちゃいけねぇでスよ」
このような時のあしらいかたを心得ている次弟の思惑のとおり、末弟は機嫌を直して、ぐっと胸をはる。
大男の賑やかなやりとりを聞きながら、常山の好漢は、ふと、
(一体、何をお迷いなのだろうか)
彼の心のうちを測りかねて、判断を待ちながら、
(あっ・・・、このような時のためにか?)
はたと思い当たったような気がして、好漢は、内ポケットから、手帳の一番最後の頁に挟んでいた小さな結び文を取り出し、
「公叔、ご判断のお役に立つのかも知れません。かねて、先生からお預かりしておりました」
と、彼に差し出した。
彼は分厚い指で受け取ると、薄い象牙色の、吉祥文様が透かして漉いてある、
細く畳んで結ばれた紙を丁寧に広げて、ふわりとよい香りがたゆたうのを聞き、しばし見入った。
「・・・、子龍よ、今から間に合う陸路を手配してみよ、車でも鉄道でも良い。明日の用務も義理を欠いてはならん」
彼らしい、明るい公正さを取り戻したような表情に、
「かしこまりました」
爽やかに応じながら、
(一体、何がかいてあったのだろう)
地味で暇そうに見えて、実は東奔西走、日々、どのような事態が起こるか、予想が難しい彼の日常に、まさに天の声のように響く一言とは、
どんな内容なのだろうか。
(何か、妙計か、格言の類か?)
と、訝った。
「じゃ、なるべく寝台列車のB個室希望な! 酒呑も、酒。バスだと盛り上がれねえから」
「ご期待にそえますかどうか」
「その男前のツラで、窓口のオネエチャンに窮状を訴えてみろよ。なんとかしてくれるぞ」
「まさかそんな・・・」
「武器は使え」
「・・・ともかく、行って参ります」

彼は、さきほどまで心の中で綱引きをしていたのだ。
明日の飛行機が確実ならば、一番機に乗って、束の間でも先生の顔を見て、
出かけたいと思っていた。
陸を走れば間違いないかわりに、用務先へ直接向かうことになるのは明らかで、先生に会うのは夜になってしまう。
もしかしたら、先生は眠っていて、話をすることはまた先になるかもしれない。
会えないのではないかと思うと、普段どおりの、機嫌のよい平常心で用務に
臨めるのかどうか、落ち着きをなくすあまり、心がみるみる曇っていくのが、
我が事ながら目の前に見えるようだった。

しかし、思いがけず受け取った短い手紙で、彼の心は決まった。
彼にとっては、先生から初めてもらった
戀文のようで、ひといきに心が充たされるのを感じた。
こうしている間も、もしもこれ以上遥かに隔たっていたとしても、先生は彼にだけ、深い想いをいだいていて、いつでも心はぴたりと寄り添っている証拠が、いま大きなその掌のうちにあった。

ココアをすすりながら、次弟の蜂蜜レモンもねだる末弟の賑やかな声を背後に聴きながら、展望デッキのガラスの向こうの、冴え冴えとした冬の月を見上げて、彼は携帯電話を取り出し、短縮ダイヤルのボタンを押す。
呼び出し音が鳴る間、手にした紙片の文字を眺め、
(守り袋に入れるものが増えた。喜ばしい)
と、双眸を細めた。彼は、今日が「情人節」・・・バレンタインデーだということなど、きれいさっぱり忘れている。

受話器があがる音がして、先生の聲が巨きな耳に届いた。
「孔明か、儂じゃ。いま何をしておった」
聡い先生は、きっとこの書付と同じ事を言うのだろう。

”今、あなたさまと同じ天を仰いでおります”


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