伝統的お題で3題 (2) 雪

2007/01/30

21c(パラレル雪月花) 劉公叔の物語(21世紀)

「えー、5番、5番です。まだビンゴ出ませんね? つづきまして・・・」

クリスマスを前に、本格的に忙しくなる前に、地元華僑の名士たちが、共に慰労のような目的で、老舗ホテル「後漢帝國賓館」の宴会場に集う、いわゆる恒例の忘年会のあとの出来事。

董太師、の異名を持つ、アミューズメント系業界の・・・
率直に言えば、アダルト業界のボスが言い出した「サプライズ」で、捻じ込まれた形式の二次会での余興に、「触らぬ神に祟りなし」とばかりに、華僑紳士たちは一律に、調子を合わせていた。

「詰まらんな。ビンゴなど。時代遅れだ」
妖しげなスポットライトが舞う薄暗いバーのソファに足を組んで座り、自分の赤いビンゴカードは、若い秘書に渡して数字を追わせながら、派手な背広の小柄な男は、退屈げにシャンパンを呷った。
「よいではありませんか閣下。意外に良いものが当たるかもしれませんぞ」
彼は、長年の腐れ縁の成り行きで、閣下の隣に腰掛けて、青いカードの中に「5」の数字を見つけ、分厚い指でそれを折り曲げながら軽口を叩く。
「良いもの? 予になら何ダースでも買える代物だろう。面白くもない」
と嘯きながらも、彼の青いカードがあと一箇所でビンゴになる様子を横目で見て、
「・・・おぬし、こんなところでも運の良さを無駄遣いしておるのか」
愛嬌のある容貌の眉を顰めて言った。
「いやいや、最後の一箇所が、なかなか難しいのがビンゴですよ」
彼は、はぐらかしながら、
青いカードをひらひらとさせてみせる。

「次は94番! 94番はいらっしゃいませんか?」
「ほれ見ろ。やはり当たったではないか」
「ハハ、そのようですな。ちょっと行ってくるとしましょう」
彼は、足取りも軽やかに閣下の隣から司会のもとへ赴き、司会に青いカードを差し出した。
「おおこれは公叔。・・・一応、拝見いたしますよ、��0、1、3、5、94。はー、一発ですか。お見事です」
「ありがとう」
「皆さん! 早速一等のビンゴが出ました! このご幸運なお方、劉公叔です! 拍手でどうぞ!」
二次会会場は、一応、盛り上がったような雰囲気を醸したどよめきで、司会の横に座る董太師を満足させる。
「どれ、1等の賞品を贈呈してやろう」
メタボリックな体型を揺するようにして董太師は立ち上がり、大きな封筒を彼に手渡す。
「我が董グループの誇る、超豪華高級ファッションホテル鳳儀亭のオーシャンビュージャグジーバス&100インチDVDシアタールーム付きスイート一泊ご招待じゃ。ありがたく受け取れ」
「これは思いがけない余興。遠慮なく頂戴しましょう」
「寡のお前に使い道があるのか?  ついでに美女を斡旋してやってもよいぞ」
皮肉を聞き流し、彼は、蛍光ピンクの封筒を高く掲げて、冷やかしの拍手喝采を受けて、その実、董太師に花を持たせることを忘れない。

「さあ、二等以下も、まだまだ豪華賞品が続きますよ。お次は・・・」
司会のアナウンスを背に、彼は眉を少し困らせて、一段暗い客席に戻って来て、閣下の隣に座った。
「おぬし・・・鳳儀亭は、いつも満室で、金を積んでも中々とれんというのに。若い女など、一発なのだぞ」
「閣下のお力で、出来ぬことなどないでしょうに」
「董一族に借りを作るなど真っ平でな」
めずらしく、閣下が羨望の眼差しを封筒に注いでいるので、
「お譲りしてもよろしいですぞ」
彼は、けろりと言ってやった。
「何だと? 貧乏人の施しは受けん。あのピアニストを連れ込めばよいではないか」
「いやいや・・・このような怪しい場所、愚息の目にでも触れたら教育上、甚だ良くありませぬ。破り捨てても惜しくはない。さすがに、この場では無粋ですがな」
(それに、このような場所は、あれに似合わない)
と思いつつ、いかがわしいような色合いの封筒の隅を所在無く抓んでいると、
「待て待て、破るのか。破るぐらいなら譲れ」
「閣下。一枚では足りますまい」
「落としたい女が居るのだ」
むきになって閣下は迫る。
女がらみになっている時の閣下は、ちょっと子供っぽく、憎めない。
そんな主人に
(やれやれ)
といった諦めの雰囲気を肩の辺りから漂わせて、王佐と呼ばれる閣下の秘書が、秀麗な眉を顰めつつ、赤いビンゴカードの数字を折り曲げている。
「お盛んですな。相変わらず」
「幾らだ」
「ではこうしましょう、これから閣下があてる景品と交換」
「・・・当たらんかったらどうする」
「その時は、お買い上げください」
「相変わらず、ややこしいことが好きだなおぬしは。ここで売れば話が早いではないか」
「法外に高くお買い上げいただくと、後が怖いですからな」
「言うたな」
「言いますよ」
「おい、予のカードはどれだ」
閣下は、秘書から自分のビンゴカードを受け取ると、真剣な表情になって数字を聞きとり始める。
ビンゴになったカードなら、部下のものでも事足りるというのに、どうでもよいところで、案外に細かく、フェアなのだ。

「しかしだ、詰まらんものが当たったらどうする。たとえば、入浴剤の類などだ。引き合わんではないか」
「結構ですよそれで」
「おぬしもつくづくおかしな男だな」
「全くです」
「おのれで分かっておるところが、始末におえん。・・・あのピアニストも相当に変わり者だということだな。ときに、どうなのだ、抱き心地は」
(困ったお方だ)彼は、「人のもの」に目がない閣下に苦笑しながら、
「閣下、10番ですぞ、10番」
司会のアナウンスを巨きな耳でとらえて、巧みに話をうやむやにしようとする。
「誤魔化すな。パパラッチどもも、閉口しているそうではないか。座敷牢にでも閉じ込めて居るのか」
「あいにく、そのような悪趣味は、持ち合わせておりませんのでな。あれは、ただ出不精なだけですよ」
「天才は、おぬしを歓ばせることなど、朝飯前なのであろう。あのような綺麗な顔をして、夜な夜な、どんな奉仕をしておる」
器用な閣下は、アナウンスも聞きもらしもせず、彼との会話もずばりとした言葉で、自分のペースに巻き込もうとする。
「奉仕? 妙なる調べを披露してもらうだけですよ」
彼は、故意にとぼけてみせるが、閣下も慣れたもので、この応酬を楽しんでいるかのごとく、言い被せる。
「なるほど、おぬしが鳴かせておると言いたいわけだな。あのような美貌の主は、玩具でも使って苛めてやるとよいぞ」
「玩具など。年老いても世話になる気はありませんな」
「言うではないか。やけに自信ありげな」
(玩具など、玩具ごときに嫉妬してしまうではないか)
そのような本音はおくびにも出さず、彼は冗談めかして笑ってみせる。
「それでおぬしの、あの可愛い天才は、どこが弱いのだ」
「耳ですな」
「面白くもない。職業柄、さもありなん。月並みだな」
(正確には、鼓膜、といったところだが)
その事を思い描くと、にやにや笑いが零れそうなのを、彼は奥歯を噛み締めて何食わぬ風を装う。
閣下が面白くないといったなら、それでよい。
本当の事を知って、いよいよ執着でもされては、上手くないのだ。
このように、半分は本当のことで、かわしておくのが上策である。
(鼓膜が弱いなどと知られたら、大変じゃ)

そうなのだ。もちろん、耳を如何様にしても背を震わせて耐えられないような風情を見せるのだが、耳に届く様々な音に、先生はとても弱いのだ。
その時に眸を開けていられないほど慎み深く、いつまでも初初しいような先生を落とすには、まず聴覚。
これに気付かなかった頃は、まだ何もしていないというのに身を竦めて震える先生の過敏さが解せなかった。
今どこで衣擦れの音がしたのか、そして特に、彼が今なんと囁いたのか。
それらなのだと思い至って以来、あちらこちらを微かに撫で上げながら、意図的に、時には意地悪な物音や言葉をありったけ、聴かせてやるのだ。
(これが強情で、なかなか、堕ちようとしないのだがな。そこがまた、堪らん)
脳裏に先生の白い貌がよぎって、またも緩みそうな頬を何気なく掌で擦って、紛らわせようとする。

「ビンゴーっ!」
急に、彼の隣で、ガバと諸手を挙げて宣言の声が発せられた。
(一念、何とやらか)
彼は、こみ上げそうな笑いを噛み潰して、赤いカードを片手に意気揚々と司会の元へ向かう閣下の後ろ姿を見送った。
「おめでとうございます! 残り物には福がある最後の賞品をゲットしたのは、
曹閣下です。さすがは閣下! 皆様、拍手でどうぞ!」
「末等は、我が董グループ傘下の李トラベル提供、西涼国際スキー場往復、豪華フルリクライニングシート夜行シャトルバスチケット4名様、リフト券付きじゃ。
骨折しない程度に、ナンパして来るがいい。泊まりは好きなところに幾らでも自腹で泊まれ。この艶福家め」


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