Something 4 「borrowd」

2007/01/30

21cパラレル(Something4) 劉公叔の物語(21世紀)

外国人にとって、日本の地方都市は遠い。
それよりも、日本のインフラというものは、一体、明確な展望やプランを持って構築されているのか、甚だ疑わしい、と、常山の好漢は、いつも理解に苦しむ。

新東京国際空港というところから、日本の国内線に乗り換えるにせよ、新幹線に乗り換えるにせよ一部の例外の旅程を除いて、かならず
一旦、Tokyoという所への移動を余儀なくされる。

(一体、どの辺が、「新東京」国際空港なのだ)
実におかしな国だ。
なぜ、国際線が着いたところから、まっすぐに国内線を飛ばさないのか。
24時間空港を謳っているらしい関西国際空港だとて、東北地方については全く役に立たない。
好漢は、この不便を重々心得ており、今回もソウルをハブに使って、日本の東北の玄関ともいうべき地方空港へ飛ぶプランを立て、和尚も迎えの車を手配してくれた為、この点、公叔三兄弟と先生の一行の道中は大変気楽ではあったのだが、昔日、おそらく偽の旅券で、和尚は、どのような道中をして、日本の山奥の寺へ落ち延びたのだろうか。
これから会う普浄和尚のことを思うと、今回の訪日が、和尚の為につつがないと良いがと彼の心はそこへ集中していた。

「殿下、ご高名はかねがね。拝眉の栄、長生きはするものでございます」
日本の狭隘な住宅事情は、地方の過疎地には当てはまらない。
さらに、古い社寺を考える場合も、例外である。
想像以上に立派な伽藍を構えた寺の書院に通されると、
待っていた普浄和尚は、合掌すると、布袋のような體で最敬礼をした。
「お手をおあげ下さい。弟の恩人はわたしの恩人。 これではご挨拶ができません」
何度も譲り合ってから、椅子を設えた畳の部屋へ場を移し、和尚は、彼の次弟との再会を喜び、末弟にも礼を尽くしてから、
「あなた様が伏龍先生・・・。今生でお会いできるとは、何たる果報」
和尚は先生を、まるで観音像を前にしたように拝んだ。

茶の接待を受けながら、宗論は明日、別棟の大書院で催されるが、彼ら兄弟は同席できない旨の説明あった。
彼は不安に驚いたが、先生は初めからそう心得ていた様子で、微塵も動じずに、落ち着いて、茶が冷めてから啜っていた。
「どうしても、なりませぬかな」
「むぅ、お助けを乞いながら、虫の良いことで恐縮ですが、 特に、禅宗の公案に関することなど出ますと、まずいのです」
「公叔、ご存知の通り、公案は秘密の問答でございます」
「殿下、なにとぞ、ご賢察ねがわしく」
その夜は、彼ら兄弟には客殿に部屋が用意され、先生は和尚の考え方や、明日に集う者についての情報を得るために、方丈で夜もすがら話し合っていたようであった。

翌朝、供された淡白な朝餉を兄弟うち揃って摂りおえ、言葉少なく所在なげに過ごしていると、先生が挨拶をしに客殿を訪れた。
「それでは、行ってまいります」
身支度を整えて、高僧の姿をした先生は、畳の敷かれた和室で、広い袖を捌き、払子を正して、彼の前に跪いて拝礼をした。

彼の脳裏に、眩しいほどの既視感がよぎる。
いつぞやの雪の日の感覚よりも、もっと鮮明だった。
(こういうとき、儂は「立ちなさい」と、言わなかったか)
そう思いながら、
「そなたらしくもない、、迂闊であるぞ」
彼は屈んで、先生の右手を、指輪ごと握った。
「・・・忘れては、おりません」
「嵌めたままでは、まずかろう」
「御前で、指輪の無い手を、お見せしとうございません」
先生は、見慣れた表情を見せて、俯いた。
この度のようなことすら、先生の頭脳の中では全く特別な事態ではなく、彼との日常が胸の奥の中心に置かれているのだ。
彼の目の届かないところで、そっと外して、そして、再び帰ってくるときには、今と同じように、薬指に約束の証を結びなおしておこうというのか、あるいは、この右手を袖の中にして、満座の中で、少しも見せないように振舞うつもりなのか、
天才の心に矛盾もなく同居しているそのいじらしさが、彼の寛い胸に沁みた。
「待ちなさい」
立ち上がって、退出しかけた先生に、懐から取り出した、方形の錦の嚢を手渡した。
「和氏の・・・とはゆかぬが、我が家の お守りのようなものじゃ。儂と思うて、連れて行け」
先生は、「和氏」と、布を通して伝わる感触から、中身を察したのであろう、これは、劉家伝来の、小さな璧である。いましがたまで彼の懐にあって、嚢は、ほんのりと温かい。
「必ずや、完うして戻って参ります」
押し頂いて、故事を引き合いに出して、縁起を担ぎ、彼を安心させようと、先生は微笑んだ。
廊で待っていた和尚とともに、障子の向こうへ消えた先生の残像と、鶯の鳴き声に似た音を伴って遠ざかる足音を追いながら、
(以前にも、このようなことが、ありはしなかったか)
彼は、遠い遠い記憶を手繰り寄せねばならないような気分に襲われた。
外国に住む中国人が、先生をたったひとり連れ去って、錚々たる面面が、手薬煉ひいて待ち構える其のただ中へ、伴って行ってしまったことが。
彼の寛き胸は、不安に揺らぎかけ、左右の義弟たちに目を移すと、彼らも等しく、日ごろの豪胆さに似つかわしくないような、落ち着かない表情を浮かべている。
たが、その、根拠の無い「以前」、先生は瑕疵ひとつなく、帰ってきたような、妙な確信が湧いてきた。
「・・・大丈夫だったような、気がせぬか」
過去形で、彼の口を衝いて出た言葉に、義弟たちも、無言で力強く、大きく頷くのだった。


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