この おとぎばなし は、後半部に微エロな表現を含んでいます。
飛ばしても、続きにはほとんど影響がありません。
微エロ表現に動じない、大人の御姉様のみご覧下さい。
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「こういった色合いやお柄が、一番お似合いなのですが」
「似合うかどうかではない。僧侶に見えることが重要です」
翌日の夕方、公叔邸の居間に、メイド派遣会社『錦官城』からは、伝統的衣装の裁縫が特技のお針子たちが召集されていた。
時々、彼は先生に衣装を誂えるので、彼女たちは、持参した服地のなかから無意識に、先生によく似合う色柄の蜀錦ばかりを選ぶ。
仕立てあがるのは、抹香臭そうな僧の装束だというのにだ。
「おおこれは、華が咲いたようだな」
仕事を終えて邸に帰ってきた彼は、ノックをしてから、居間の扉を開き、あまた広げられた布地の向こうに、お針子たちに囲まれた先生を認めて、布地に対してか、お針子たちに対してか、それとも先生になのか、態と曖昧な言葉を発して、
(目覚めた龍も、美しい)
と、見とれかけ、その龍が、救いを求めるような視線を投げかけたことを見逃さず、軽く吹き出しそうになる。
(いつもより余計に、娘どもに弄ばれていた、といったところか)
服を誂えるときに、一番つまらなそうにしているのは、先生なのだ。彼と、お針子たちは、楽しくて仕方がない。
「殿下」
お針子たちは、小腰を屈めて、昔日の英国のような長い裾の黒い制服の中で膝を曲げて挨拶する。
「ああ、よいのだよ、急ぎの事で済まぬな、続けなさい」
優しく労いの言葉をかけながら、彼は、お針子たちが、まことに先生や彼の好みを熟知したような口ぶりで、賑やかに遣り取りをしながら、ああでもない、こうでもないと、先生を着せ替え人形のように、次々と布地を細い肩にかけては
かぶりを振って取り除く様子を、しばし見守っていた。
「黒で。もうそこの、黒でお願いします」
飽きるほど着せ替え人形にされて疲れたのか、やや投げ遣りな口調で、先生は色とりどりに美しい錦の下敷きになって、広げられもせずに黙っていた黒い布を、無造作に指し示す。
お針子たちは、不承不承という様子で、
「黒、でございますかぁ?」
と口々に言いながら、
「僧侶に見えることが第一義です」
との、先生の意向を無碍にもできず、指し示された黒い錦を、ほそい體に纏わせた。
「ほう、中々に、よい生地ではないか」
適当に選んで、早く解放されたいだけなのかもしれない先生を、子供のようだと思いながら、スポンサーである彼も同意する。
助け舟を出したわけではなく、實際に、歩み寄ってよく見れば黒い布には植物を思わせるような紋様の織りが入っており、光の加減で控えめに浮かぶ柄は、
叡明な先生の白い貌が良く引き立つうえに、これから先生が赴く場所柄にも相応しく思えた。
お針子たちは、ぶつぶつと言いたげな様子を押し隠して、足元に散乱している布地をくるくると収めはじめる。
「帽子というか、頭巾というか、それも必要なのだが、 黒尽くめでは何とのう、さびしいのう」
彼は、卓や椅子の上にまで伸べられた布地の中から、いま手に触れたものを、何気なく先生に被らせてみると、
(あっ・・・)
偶然に、それは紅色であった。
紅の被り物は、祖国では花嫁の象徴である。
華やかな色の中に埋もれた先生の白い貌に、つかの間、釘付けになってしまってから、
「・・・黒に合う、よい色を見繕っておくれ」
「かしこまりました、殿下」
お針子たちが一斉に背を向けた様子を、視界の隅でちらりと捉えてから、
彼は、先生と何か囁きあい、ややあって、少し未練がましく、先生に被らせた布をそっと取り除いた。
夜も更けて、大きな寝台の上で、
「儂は、先ほどのことを、許してもらわねばならん」
彼は、先生に詫びを入れていた。
背を向けていたとはいえ、お針子たちに囲まれた中で、束の間、二人だけの秘密のようなものを持ってしまったことを彼が詫びているように、先生には聞こえた。
「誰も、気付いておりません」
「そうではないよ」
彼は、なんとなく遠慮がちに、先生の黒い髪だけに大きな掌を遣ったり、唇を寄せたりしている。
先生があの伏龍だと知ってしまった気後れなのだろうか。
「そなたを、婦女のかわりと思うたことは無い。だが」
あの時、たとえば、先生がこれから彼に嫁ぐ花嫁に見えた、と謝罪するのかと思えば、
「まるで、箱入り娘を、嫁に遣るような、 どうしようもない気分であった」
予想していたことと、全く逆に近いことを聞かされた先生が、羞かんで俯いていた白い貌を、驚いたようにあげたので、ごく間近で眸があってしまい、彼はいささか慌てながらも、我慢ができずに、互いの寝衣が擦れてぎゅっと鳴るほどに抱き竦めた。
「儂は、歳を取り過ぎておる。其の負い目かも知れん」
「わたくしも、公叔を父のかわりと思ったことはございません。でも、禅さまが、時々・・・お羨ましく見えてしまいます」
ですから、おあいこに、と、先生が言いかけると、
「たしかに、父では困る。してはならぬことが多すぎるな」
彼の其の言葉の暗喩に、先生は、急に鼓動を早めながら、
「・・・もっと制約の多いところへ、これから参るのです」
どれほど徹底しているのかは知らぬが、精進斎戒を日常としているはずの、寺院という場所へ。
先月の外遊とは全く異なって、甘いひとときなど、用向きの内容も考え合わせて、まず有り得ないと見るべきだろう。
(誘っているのか、この天才は)
彼は、思わず一人合点をしかけたが、どうもそれは思い過ごしで、
先生は彼を婉曲に窘めたつもりのような、穏やかな表情をしていた。
「そうじゃ、場所柄も弁えず、儂は、夜這いをしかねんぞ」
誘われたという勘違いを、勘違いで済ましてしまえるほど、彼は枯れてはいない。
先生の名を、彼が囁いただけで、寝室の空気は一変してしまった。
このような時の先生は、彼の名以外の言葉を紡ぐことが、たいへん難しいことを知っているので、応えを急かしもせずに見守っている。
まるで、特別な日のために、時間をかけて丹精を込めて飾ったショートケーキに、細心の注意を払って蝋燭を立ててしまうように、仕上げを与えられて、うわごとのように、彼の名を呼んでから、涙が零れそうなほど、揺れる双眸を開いて
掠れた聲で、幾度もためらって言い淀みながら頸を振って、
「・・・どうぞ、お心のままに」
ようやく意味を成した囁き聲に、
「強がりを」
彼は、困ったような笑みを浮かべる。
ショートケーキに蝋燭は、当然、埋没しない。
「あの夜のことは、悔いておるのだから、もう許せ」
羞じらったような表情をしたまま、眸を逸らし、先生は、なおも弱く頸を振ってみせる。
「痛がって泣くそたなを見て、儂が喜ぶと思うのか」
「でも・・・」
この間のことで、先生は、いつも彼は物足りないのだと思い込んでしまっているようだ。
「儂には、サディスティックな趣味は無い」
ほんの少しだけ彼を迎えて、筋骨の充実した胴に縋った両の膝を、もう慄かせている先生に、普段と変わらない余裕を混ぜて、おだやかに笑みを浮かべた彼は、
「背伸びを、するでない。 自然に、體が慣れて来るのを待っておればよい」
「・・・そのような日が、参りましょうか」
まだ怖いくせに、先生が言い募る。
「分かっておらんな」
ほんのりと淡く緩やかに、白い體へ優しい侵襲を繰り返しながら、象牙細工のような耳に、教えてやった。
「深めておるのだぞ、ひと夜ごとに」
其れを聞いて、先生は潤んだ双眸を驚きに見開いて、櫻色を帯びた貌をあげて、彼を見上げた。
「気付いていなかったのかな。 ・・・これほど、覚えのよい體をして」
それを聞かされて、浅い結び目を、きゅっと締め上げて、煽られた彼が、低く短く呻いたことにも、おそらく先生は気付いていない。
物慣れないことと、物覚えが良いことは、斯様に、同時にありうるのだ。
「それに、”そのため”だけに、こうしている訳ではなかろう。 余計なことは考えずに、儂に、任せておきなさい」
白い額を撫でて、そのような日が来たあとにも、まだまだ、秘め事の数々を教えられる自信と精力に溢れる彼は、そのような日が来ても、きっとまだ無垢で純真なのであろう先生に、少し後ろめたい気持ちを覚えながら、そして、たとえ、そのような日が来なくとも、彼はもう無上に満ち足りていることを、どのような言葉に託したらよいか、探し当てられずに、
(目覚めた龍もよいが、このまま夢見るように腕の中に眠る龍も、 儂には充分に、かわゆうてならんのだ)
と、惚れた弱みに少しく酔っていた。
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