金曜の夜、アジアンカフェ「古井戸」には、
派遣会社『錦官城』のハウスメイド部に属する
「趙さまファンクラブ」の面面が集っていた。
「姐御が居ないと、いまいち盛り上がりに欠けるよねー」
「インフルエンザって、ねえ」
「『趙さまからもらった風邪なら喜んで臥せるのに』って書いてあったよ」
「アタシにも」
「ってか、趙さまって鉄の男だわよ、
マスクしてたり体調悪そうにしてたりとか、見たことない」
「そこも素敵だわぁー」
「だからさ、『風邪だけでも共にする』すら、ありえないのよねぇ」
一同、頭の中の『趙さま』に見とれたその時
「あー、遅れてすいません」
今日の公叔邸のシフトに入っていた眼鏡っ子が、
仲間のテーブルを見つけて近づいてきた。
「メガちゃん、遅い!」
「今日の趙さまのファッションの報告!」
「ハイっ、ブルーのシャツに白い襟、
グレイのパンツに黒の革靴、ノーネクタイでしたッ」
「座ってよろしい」
「ノーネクタイ!」
「じゃあ、殿下は一日中ご署名で缶詰の日だったのかしら」
「そうねきっと」
「みなさんご在宅なんて少ないのに」
「いいなあ、いいなあ」
ひとしきり、今日の様子を思い思いに描いていると、
最近は「殿下ウォッチャー」のような傾向を見せ始めている
眼鏡っ子が、大きなエコバックをがさがさと探り、
無造作に、いわゆる「燃料」を投下した。
「先週、美容院で見かけてさあ、
帰りしなに買ってきちゃったんですよ」
分厚く、B4変型判と分類されるボリュームで、
表紙も本文も、光沢のある上質の紙を用いた、
ずっしりと重い雑誌を、注意深く円卓の真ん中に押し出した。
「うわっ、『淑女画報』じゃん」
「プチセレブ」
「高くて重い。基本的に、定期購読して配達させてるマダム用だよね」
「何でまた」
彼女らのさえずりの途中で、眼鏡っ子は
巻頭の特集頁を開いて見せた。
「ジャジャーン! 知ってた?」
『秘密の花園で過ごす極上のひととき……公孫ティーサロン』
見開きの紙面に宋朝体があしらわれ、
美しいバラ園の風景と、瀟洒な建物に、
彼女らには見慣れた二人の人影が、ほんのりと映っていた。
「ちょ……。これって!」
「耳、でかっ。てゆーか。まんま殿下じゃん」
「じゃあ殿下の向こうの、黒髪と服だけ見えるこの人って」
「先生ったら、とうとうマスコミに見つかってしまわれたのかしら」
「『今秋オープン・公孫花壇ティーサロン』……?」
「スポンサーなのかな、殿下」
「えーまさかあ。こう言っちゃ失礼だけど、劉家の赤貧洗うが如き状況じゃ、株さえ持てるのかどうか」
「じゃ、先生が身売り!」
「モデル業?」
「どうせなら、CD出して欲しい。おかわいそうに」
「にしては、あの美貌が映ってないよ?」
縦ロールヘアのお嬢様風が、ひょいと頁を繰った。
「いやん、見てよこの、カップ持ってる手! 先生、手タレになれるよ」
「見て爪っ!」
「……負けた。ネイルサロンの常連のあたし、完敗だわ」
「撮影用にマニキュア塗ってるんじゃないの?」
「爪マニアのあたしに言わせてもらえれば、悔しいけど、多分これは何も塗ってない」
「それに、殿下はマニキュアとか好きじゃなさそうだよね」
「うんうん、ピアスとかも禁止しそう。保守的ってやつかな」
「しかも、ご職業柄、短く切ってるのに、なにこの櫻貝のような」
「なに落ち込んでるのよ、先生と比べたって仕方ないじゃん」
「でも、趙さまが、こんなきれいな人と毎日暮らしてると思うと」
「別に先生と趙さまがどうってわけじゃないんだし」
「そうじゃなくてさ、趙さまの目が肥えるのが……怖い」
一同、ちょっとテンションが下がりかけるところで、
眼鏡っ子が、
「それで、ここですよ、姐さんがた」
と、先生の薬指を指差した。
「キャーっ! 指輪じゃん指輪!」
「ダイヤ、埋まってたんだ!」
「……ちっこい。劉家の財力の限界」
「きっと、見栄張った『悪かろう、でかかろう』じゃないんだよ」
「いいのをつつましく? うわー、殿下らしい!」
「もしかして伝説の『龍のなみだ』だったりして」
「シーッ、その宝石のことは大きな声で言っちゃダメ」
「そうそう、真偽はともかくね」
「ねえ、何て言って、この指に指輪を嵌めたのかなー」
「『儂だけのためにピアノを弾いてくれぬか』みたいな?」
「生涯契約!」
「結婚てのはそもそも契約だけどね」
「このお二人は、契約とかじゃない気がする」
盛り上がるままに、パラリと頁をめくると、
50代ぐらいとおぼしき紳士の笑顔の写真と
紹介文が続いていた。
<オーナー・公孫伯珪>
長年ご愛顧いただいております我が
公孫花壇の英国式バラ庭園を眺める一角に、
ティーサロンがオープンいたします。
お昼のアフタヌーンティーセットは
ひとくちサンドウィッチ、
季節の野菜のキッシュ、スコーンなどを
ハイスタンドにのせて、お運びいたします。
紅茶はすべてポットでサービスいたします。
茶葉もベーシックからこだわりまで、
常時二十種類以上からお選びいただけます。
一番のおすすめは祁門です。
公孫菓子舗本店で焼いた出来立ての
紅茶シフォンケーキが自慢です。
(14時焼きあがり。テイクアウトもできます)
店内にはソファ席もございますので、
窓からのバラ庭園の眺めとともに、
大切なかたとのひとときに、ぜひお立ち寄りください。
「うっはー! 『大切なかたとのひととき』だって」
「伝わる! このラブラブな、入店する後ろ姿!」
「殿下エロい! なにこの、さりげなく腰を抱いたりして!」
「先生もなんかこう、肩を寄せるようにしてない?」
「「「してるしてる」」」
「肩っていうか、肘の内側のあたりが、
殿下の手を迎えにいっちゃってる、みたいな」
「なんで先生の耳のところで切るかなー、この写真」
「だってさあ、そこの、『GongSun - Tea Saloon 』
の看板にピントあわせたかったんでしょ」
一同、盛り上がるままに頁を繰ると、
店内の様子のスナップ写真を組み合わせた見開きがあらわれた。
「……これも、ツッコミどころ満載だよね」
「何で隣同士に座ってるの……。目のやり場に困るんですけど」
「普通は、向かい合わせだよねぇ」
「ねえ」
「ソファ席の宣伝だからじゃない?」
「だからって。手えつないでるし」
「取り合ってるって感じだけど」
「ホントだ」
「お茶とお菓子にピントあってるからって」
「堂堂と、卓上とはね」
「殿下の確信犯っぽい」
「うわーッ、左隅のこれって、耳にキス2秒前じゃないのッ」
「違うよ、『内緒話』って感じなんじゃない? 撮影意図としては」
「窓の外のバラを写してるけど、逆光の人影が
なんかもう密会みたいでヤバイんですけど」
皆、画報を四方から取り囲み、興奮のおももちである。
「これさあ、マダムたち見て、行くのかな」
「行くでしょ。マダムは旦那様が忙しくて、お金はありあまってるんだから。
まずは、お友達とランチだスゥイーツだと、
話題のお店には出かけるんじゃない? とりあえず3~4人で」
「あるある」
「うわ、かしましい」
「それが一組じゃないからね」
「でもここって、広告見る限り、がやがや楽しく、って雰囲気じゃないよね」
「うん、すごく上品だよ」
「しっとり」
「グルメとは違う」
「食べに行くっていうより、時間を買いに行く感じがする」
「むしろ、かしましいマダム避け、だとしたら、
公孫花壇の広告、抜け目なくない?」
「え? ってことは?」
「最初は千客万来でも、秘密の恋をしているようなマダムが
真のターゲットだったりして?」
「お金もあって、閑もあって、リピートしてくれる上品な客」
「すごい!」
「そういう誘導……」
「だとしたら、公孫グループ、いままで舐めてた」
「すまん、公孫グループ。あたしも舐めてた」
「うん、とくにスウィーツのプロデュースが『パティスリー名族』に劣ると思ってた」
「これいけるよね」
「多分ね」
「誰の発案なんだろう」
「ねえ」
「そういえば、趙さまって前、公孫花壇にいらしたって、誰か言ってなかった?」
「そうだよ! その伝手か」
「そしたら、趙さまをホストに、お茶会っていうのをやればいいのに!」
「エーッ、ライバルが増えるのはいやだ」
「でもあるなら即行で申し込むよ」
「趙さま喫茶……。憧れる」
「……あのさ、黒いベストで、ツヤっとした茶色のネクタイとかして、
『いらっしゃいませ、お嬢様』とか?」
「ぜったい通う。常連になる。名前覚えてもらう」
「紅茶って、リーフキープとかできればいいのに」
「ちょっと、バーじゃないんだから」
「しかも、趙喫茶じゃないよ、公孫だよ」
「落ち着け、あたしたち!」
公孫総経理の人脈ともくろみは、
予想外の深読みと妄想を招きながらも、
想定内の「若い女性客」の心を、しっかりと掴んだようであった。
派遣会社『錦官城』のハウスメイド部に属する
「趙さまファンクラブ」の面面が集っていた。
「姐御が居ないと、いまいち盛り上がりに欠けるよねー」
「インフルエンザって、ねえ」
「『趙さまからもらった風邪なら喜んで臥せるのに』って書いてあったよ」
「アタシにも」
「ってか、趙さまって鉄の男だわよ、
マスクしてたり体調悪そうにしてたりとか、見たことない」
「そこも素敵だわぁー」
「だからさ、『風邪だけでも共にする』すら、ありえないのよねぇ」
一同、頭の中の『趙さま』に見とれたその時
「あー、遅れてすいません」
今日の公叔邸のシフトに入っていた眼鏡っ子が、
仲間のテーブルを見つけて近づいてきた。
「メガちゃん、遅い!」
「今日の趙さまのファッションの報告!」
「ハイっ、ブルーのシャツに白い襟、
グレイのパンツに黒の革靴、ノーネクタイでしたッ」
「座ってよろしい」
「ノーネクタイ!」
「じゃあ、殿下は一日中ご署名で缶詰の日だったのかしら」
「そうねきっと」
「みなさんご在宅なんて少ないのに」
「いいなあ、いいなあ」
ひとしきり、今日の様子を思い思いに描いていると、
最近は「殿下ウォッチャー」のような傾向を見せ始めている
眼鏡っ子が、大きなエコバックをがさがさと探り、
無造作に、いわゆる「燃料」を投下した。
「先週、美容院で見かけてさあ、
帰りしなに買ってきちゃったんですよ」
分厚く、B4変型判と分類されるボリュームで、
表紙も本文も、光沢のある上質の紙を用いた、
ずっしりと重い雑誌を、注意深く円卓の真ん中に押し出した。
「うわっ、『淑女画報』じゃん」
「プチセレブ」
「高くて重い。基本的に、定期購読して配達させてるマダム用だよね」
「何でまた」
彼女らのさえずりの途中で、眼鏡っ子は
巻頭の特集頁を開いて見せた。
「ジャジャーン! 知ってた?」
『秘密の花園で過ごす極上のひととき……公孫ティーサロン』
見開きの紙面に宋朝体があしらわれ、
美しいバラ園の風景と、瀟洒な建物に、
彼女らには見慣れた二人の人影が、ほんのりと映っていた。
「ちょ……。これって!」
「耳、でかっ。てゆーか。まんま殿下じゃん」
「じゃあ殿下の向こうの、黒髪と服だけ見えるこの人って」
「先生ったら、とうとうマスコミに見つかってしまわれたのかしら」
「『今秋オープン・公孫花壇ティーサロン』……?」
「スポンサーなのかな、殿下」
「えーまさかあ。こう言っちゃ失礼だけど、劉家の赤貧洗うが如き状況じゃ、株さえ持てるのかどうか」
「じゃ、先生が身売り!」
「モデル業?」
「どうせなら、CD出して欲しい。おかわいそうに」
「にしては、あの美貌が映ってないよ?」
縦ロールヘアのお嬢様風が、ひょいと頁を繰った。
「いやん、見てよこの、カップ持ってる手! 先生、手タレになれるよ」
「見て爪っ!」
「……負けた。ネイルサロンの常連のあたし、完敗だわ」
「撮影用にマニキュア塗ってるんじゃないの?」
「爪マニアのあたしに言わせてもらえれば、悔しいけど、多分これは何も塗ってない」
「それに、殿下はマニキュアとか好きじゃなさそうだよね」
「うんうん、ピアスとかも禁止しそう。保守的ってやつかな」
「しかも、ご職業柄、短く切ってるのに、なにこの櫻貝のような」
「なに落ち込んでるのよ、先生と比べたって仕方ないじゃん」
「でも、趙さまが、こんなきれいな人と毎日暮らしてると思うと」
「別に先生と趙さまがどうってわけじゃないんだし」
「そうじゃなくてさ、趙さまの目が肥えるのが……怖い」
一同、ちょっとテンションが下がりかけるところで、
眼鏡っ子が、
「それで、ここですよ、姐さんがた」
と、先生の薬指を指差した。
「キャーっ! 指輪じゃん指輪!」
「ダイヤ、埋まってたんだ!」
「……ちっこい。劉家の財力の限界」
「きっと、見栄張った『悪かろう、でかかろう』じゃないんだよ」
「いいのをつつましく? うわー、殿下らしい!」
「もしかして伝説の『龍のなみだ』だったりして」
「シーッ、その宝石のことは大きな声で言っちゃダメ」
「そうそう、真偽はともかくね」
「ねえ、何て言って、この指に指輪を嵌めたのかなー」
「『儂だけのためにピアノを弾いてくれぬか』みたいな?」
「生涯契約!」
「結婚てのはそもそも契約だけどね」
「このお二人は、契約とかじゃない気がする」
盛り上がるままに、パラリと頁をめくると、
50代ぐらいとおぼしき紳士の笑顔の写真と
紹介文が続いていた。
<オーナー・公孫伯珪>
長年ご愛顧いただいております我が
公孫花壇の英国式バラ庭園を眺める一角に、
ティーサロンがオープンいたします。
お昼のアフタヌーンティーセットは
ひとくちサンドウィッチ、
季節の野菜のキッシュ、スコーンなどを
ハイスタンドにのせて、お運びいたします。
紅茶はすべてポットでサービスいたします。
茶葉もベーシックからこだわりまで、
常時二十種類以上からお選びいただけます。
一番のおすすめは祁門です。
公孫菓子舗本店で焼いた出来立ての
紅茶シフォンケーキが自慢です。
(14時焼きあがり。テイクアウトもできます)
店内にはソファ席もございますので、
窓からのバラ庭園の眺めとともに、
大切なかたとのひとときに、ぜひお立ち寄りください。
「うっはー! 『大切なかたとのひととき』だって」
「伝わる! このラブラブな、入店する後ろ姿!」
「殿下エロい! なにこの、さりげなく腰を抱いたりして!」
「先生もなんかこう、肩を寄せるようにしてない?」
「「「してるしてる」」」
「肩っていうか、肘の内側のあたりが、
殿下の手を迎えにいっちゃってる、みたいな」
「なんで先生の耳のところで切るかなー、この写真」
「だってさあ、そこの、『GongSun - Tea Saloon 』
の看板にピントあわせたかったんでしょ」
一同、盛り上がるままに頁を繰ると、
店内の様子のスナップ写真を組み合わせた見開きがあらわれた。
「……これも、ツッコミどころ満載だよね」
「何で隣同士に座ってるの……。目のやり場に困るんですけど」
「普通は、向かい合わせだよねぇ」
「ねえ」
「ソファ席の宣伝だからじゃない?」
「だからって。手えつないでるし」
「取り合ってるって感じだけど」
「ホントだ」
「お茶とお菓子にピントあってるからって」
「堂堂と、卓上とはね」
「殿下の確信犯っぽい」
「うわーッ、左隅のこれって、耳にキス2秒前じゃないのッ」
「違うよ、『内緒話』って感じなんじゃない? 撮影意図としては」
「窓の外のバラを写してるけど、逆光の人影が
なんかもう密会みたいでヤバイんですけど」
皆、画報を四方から取り囲み、興奮のおももちである。
「これさあ、マダムたち見て、行くのかな」
「行くでしょ。マダムは旦那様が忙しくて、お金はありあまってるんだから。
まずは、お友達とランチだスゥイーツだと、
話題のお店には出かけるんじゃない? とりあえず3~4人で」
「あるある」
「うわ、かしましい」
「それが一組じゃないからね」
「でもここって、広告見る限り、がやがや楽しく、って雰囲気じゃないよね」
「うん、すごく上品だよ」
「しっとり」
「グルメとは違う」
「食べに行くっていうより、時間を買いに行く感じがする」
「むしろ、かしましいマダム避け、だとしたら、
公孫花壇の広告、抜け目なくない?」
「え? ってことは?」
「最初は千客万来でも、秘密の恋をしているようなマダムが
真のターゲットだったりして?」
「お金もあって、閑もあって、リピートしてくれる上品な客」
「すごい!」
「そういう誘導……」
「だとしたら、公孫グループ、いままで舐めてた」
「すまん、公孫グループ。あたしも舐めてた」
「うん、とくにスウィーツのプロデュースが『パティスリー名族』に劣ると思ってた」
「これいけるよね」
「多分ね」
「誰の発案なんだろう」
「ねえ」
「そういえば、趙さまって前、公孫花壇にいらしたって、誰か言ってなかった?」
「そうだよ! その伝手か」
「そしたら、趙さまをホストに、お茶会っていうのをやればいいのに!」
「エーッ、ライバルが増えるのはいやだ」
「でもあるなら即行で申し込むよ」
「趙さま喫茶……。憧れる」
「……あのさ、黒いベストで、ツヤっとした茶色のネクタイとかして、
『いらっしゃいませ、お嬢様』とか?」
「ぜったい通う。常連になる。名前覚えてもらう」
「紅茶って、リーフキープとかできればいいのに」
「ちょっと、バーじゃないんだから」
「しかも、趙喫茶じゃないよ、公孫だよ」
「落ち着け、あたしたち!」
公孫総経理の人脈ともくろみは、
予想外の深読みと妄想を招きながらも、
想定内の「若い女性客」の心を、しっかりと掴んだようであった。