アジアの某都市の、メイド派遣サービス会社
『錦官城』の、ハウスメイド部・中国史好きメンバーは、
日本の留学生の部屋に遊びに来ていた。
「うわあああん、よかった。泣けた」
「全俺が泣いたよね」
「なでしこちゃん、ごめん、ティッシュかりる。ずびー」
「どうぞ」
「ここで終わりだったんだー、にくいね」
「結構、史実に忠実だったじゃん」
「アタシ、映画館で見たけど、日本の液晶TVで見ると、また感動あらただよ」
通称、なでしこちゃん――彼女は、
後漢帝國美大の書道科の留学生なのだが、
最近、一時帰国していた。
母国で就職活動などをしていたようであるが、
潰しの利かない専攻ではなかなか厳しく、
このまま錦官城でバイトをしながら、大学院に進み、
外国に骨を埋める覚悟をしようかと
迷っているようだった。
そんな彼女の、外国人ならではの悩みを察して、
仕事仲間のチャイナガールたちは、
「お帰り会」と銘打ち、
手料理やスウィーツを持参して、
実は「励ます会」女子会を開催したというわけである。
この女子会の理由は他にもあった。
というのも、春にヒットした歴史映画『蜀漢帝國』の
日本語版DVDが発売され、彼女は帰国してゲットして、
当然のように住まいに持ってきていたのだ。
オーディオは日本製なので、お気に入りのDVDは、
全部持ってきている。
彼女は、日本人では分からない細かい演出などを、
仕事仲間の姐さんたちに聞いて、
華流ドラマの理解を深めることが趣味の一つである。
特に、字幕や吹き替えから洩れた、
ガヤの場面の私語を教えてもらうのが楽しいし、
背景に書などがかかっていると、
一緒に出典をチェックしてもらったりして、
次回の製作に挑戦できないかと思ったりするのだ。
「なでしこちゃんって、ツウだよねえ。ほら、そこの、
央視の三国の完全版とか。日本人普通持ってるの?」
「買う人は少ないかもしれませんね。
そうそう、昔、BSで放送してたらしいので、
録画して持っている人も居るのかも」
「へえ」
「日本人もすごいよ。吹き替えにしろ、
字幕にしろ、あんなに長い作品をさ、よく訳すよね」
「すごいっていうより、それだけ好きなんだろうね」
「うちらも好きだもんね」
「語り始めると夜が明けるよ」
エンディングの胡弓の切ない音楽が終わり、
スタッフロールが暗転し、
画面はメインメニューに戻った。
「アーッ!! ちょっと、なでしこちゃん!」
「はい。 どうしました?」
「ちょ……。映像特典、これ、国語版と違うっぽい!」
「え? ホントですか?」
「見たい見たい。見てもいい? いい?」
「どうぞ。わたしも、何だかんだで、見てなかったんです」
「ぽちるよ」
「ええどうぞ」
「ぽちっと」
『映像特典……2011年早春 上映会トークショー録画』
――「皆さん、今日はお寒い中『蜀漢帝國』の上映会に
お集まりくださいまして、まことにありがとうございます。
いかがでしたか? ……おや、泣いているお客様が多いようです。
サブタイは『禁断の恋のゆくえ』。センセーショナルでしたが、
実に、儚くもうるわしい物語でした」
「わーっ! よかった。日本語字幕だよ」
「吹き替えだとさあ、わけわからんもんね」
「読唇術の世界だよ」
「この上映会、気になってたけど、確かバレンタインの次の日だったもんな」
「そうだっけ。でもさ、そうじゃなくても競争率高かったんじゃない?」
「お客さん、主演の俳優目当てでしょ」
「そうそう。美形だからなー」
「しかもさあ、バラエティとか出ても、才能とか美貌を、全然鼻にかけないんだよね」
「うんうん」
「でも、前の日大雪で、彼、来られなかったんだよね」
「あっ、ブログで謝罪してた。そのあと、各地方の劇場の舞台挨拶、
急遽増やして、ますますファン増えたらしい」
「あったね、そんなこと」
――では、早速、メインゲストの監督・羅先生にご登場いただきましょう。
(拍手)
「わー、羅ってマスコミ嫌いで有名じゃん。よく出てきたね」
「『蜀漢帝國』、まるで原作から抜け出してきたようだって、
原作者の陳も絶賛だったらしいよ。
興行にひとはだ脱ぐ気になったんじゃない」
「へえ。いいとこあるじゃん」
――続いて、主題歌の歌姫、レディ・貂蝉さんです。
(口笛、大喝采)
「相変わらず、きれいだねえ……」
「しかも、歌って踊れるからな」
「何歳?」
「秘密らしいよ」
――それでは、今日のスペシャルゲスト、
後援にも名を連ねていただいております、
慈善団体「腕ながおじさん」の会長、
劉公叔です!
「えーっ!」
「わ、ほんとだ!!」
「やだ、なんか興奮する」
「へえ、こういうお仕事もなさるんだ」
「ご機嫌うるわしいね」
「いつもだけどね」
「ちょ……! うちの洋裁部の作ったお洋服じゃない?」
「そうかな?」
「そうだよ」
トークショーは、時々カットされながら、20分ほど続いた。
当然といえば当然だが、
冒頭は監督と歌手を中心に話題が進み、
彼女たちが気になる公叔は、その内容に耳をかたむけ、
まるでファンの一人のように
言葉少なく、にこにことしている。
――レディ・貂蝉さんのお気に入りの場面はどこですか。
――そうですね、始まりも、ラストも、
どの名場面も美しくて泣いてしまいましたけど……。
主人公が一人でよその国に行ってしまって、
王様と離れ離れになりながら、王様のために天才振りを発揮して……。
そして、帰ってきて再会するところが良かったです!
舟から降りるときに、王様が自ら手を取って、こう……。
歌も、「絶対ここだ!」という直感で作曲しました。
(会場、ざわざわ。「わかってるぅ!」のような声もあがって歓迎)
――ああ、そういえば主題歌は『携子之手』なんじと手を携え ですね。
――ほかにも、手を取り合う場面はたくさんありまして、
ほほえましかったですけど、そこが一番印象的だったので。
――歌詞には古詩の教養が溢れていると、ツウの間では早くも絶賛です。
――ここは、監督に相談しまして、勉強になりました。
特に『詩経』を参考にしましたが、
元々はメロディーをつけて歌っていた歌詞ということを、
歌手として、少しだけ分かったような気がしました。
先人を誇りに思います。
――今後の音楽活動にも影響しそうですか?
――はい、大いに。羅監督に声をかけていただいて、
いいご縁でした。……それから、いままで燃えるような恋に
憧れていましたが、こんな風な、切ない大人の恋が
してみたくなりました。
(会場、若い女性の黄色い声と、男性客のザワザワ声)
――大人の恋といえば、今日もご用務先から
駆けつけてくださったお忙しい公叔であられますが、
最近とみに精力的に……。ありていに申せば、
お若くなられたようだと専らの噂です。
旺盛なご活躍とご健康には、何か秘密が
あるのでしょうか。
――ハハ。この映画のサブタイトルを思えば、
『それは戀』だ、と、答えさせたいのであろう。
――ご賢察ありがとうございます。
――儂でなくとも、鴛鴦夫婦なら他にも居よう。
いかがかな、羅監督
映画界の鴛鴦夫婦、舞台美術家を妻に持つ
愛妻家の羅は、照れているようにソワソワとして、
にわかにはコメントを返せないで居た。
――あっ! それは伺いたいですよ!
人生経験豊富な公叔に!
レディ・貂蝉は、シャイな羅を庇いながら、
空気を読んで、公叔に話題を投げ返す。
――ごほん、ええと、噂によりますと、
まるでこの映画のように、大変お若い恋人が
おできになったというお話ですが、
そこのところを、是非もう少し詳しく……。
――何から話せばよいかな。
――どれぐらいお若いのですか。
――二十ほど年下じゃ。
――お羨ましいことです。
お付き合いが始まったのはいつ頃なのでしょうか。
――そうじゃのう……そう思うた時には、
もう邸に置いておったからの、よく分からん。
――何と! お付き合いの前にもう同棲ですか!
――いやいや、一つ屋根の下というだけで、
別室で暮らしておったよ。
――ということは今は。
――当然であろう。
――あっ・・。これはご馳走様でした。
たとえば、有名人でいうと、どんな感じのお方ですか。
――儂ぁ、疎いからのう、よう分からん。
――ますます知りたくなりますが。
全くお写真も出回っていないものですから。
――これこれ、人の想い者を、追い回すでない。
――これは失礼いたしました。
お大切のあまり、お邸に隠しておいでなのですか?
お出かけはなさらないのですか?
――あれは、目立つのでな。
諸君の目を盗んで、時々は、出かけておるのだよ。
そうじゃ、暇を見て、この映画を見に連れ出すとしよう。
――さすが公叔です、一本とられました。
何だか、映画の王様の境遇に、少し似ておられます。
……公叔、この映画で一番お心に残った場面はどこでしたか。
――そうじゃな、やはり、主人公を召しかかえようと、
のちの主君が何度も足を運んで、ついに叶うところが
美しかった。太公望の例もあるが、人の心を動かすものは
やはり人の心である、いつの世でもうるわしい場面といえよう。
――ラストの、帝が亡くなる場面は、いかがでしたか。
……お客様がたは、特に女性は、泣いておられますが。
――あれは、主人公は辛かろうが、身罷る方は満足であったであろう。
これが逆であってみよ。見ている我らも辛い。
若い者を見送って残った者はなお辛い。
……おおむね歳の順とはいえ、命数は天にあるもので、
別れは誰にでも等しく訪れるものだ。
そして、運命の出会いも、気づかぬことが多いだけで、
皆、それぞれに得るのだ。
かけがえのない人と出会えた日の奇跡と必然を、
時々、思い出すとよい。心からそう思えるよい映画であった。
ポスターには『禁断の恋』などと書いてもあるが、
最近目立つような過剰な映像は全くなかった。
児童にすら見せられように、登場人物の心が痛いほどに伝わる。
評判以上です。羅監督の代表作に加わりましょう。
諸君、いかがかな。
さりげなく監督に花を持たせ、しかも場を締めやすい
ムードに持っていくなど、さすがに慣れている。
途端に、割れるような拍手である。
本番に強い公叔の面目躍如たるものがあった。
――えー、盛大な拍手ありがとうございます。
……お時間も参りましたので、
このあと、レディ・貂蝉さんのCD即売会およびサイン会を
催します。御用とお急ぎのない方は、このあと
1階ロビーにて少々お待ちください。
ぜひ、お友達やご家族と一緒に、またのお越しを
お待ちしております。水曜日は女性歓迎です。
本日はまことにありがとうございました!
「……まさか、DVDで、殿下のおのろけを聞かされるとは」
「なんかさあ、ラストシーンのコメント、身につまされる」
「先生と一緒に見に来たのかなあ」
「先生、絶対ラストで泣いたよ」
「だよねー」
「しかし、何で国語版にこれ、入ってないの?」
「だからこそ?」
「そうだよ、日本で殿下ってそんなに有名じゃない気がする。
先生のことだって、知らないはずだし、なんのことやら」
「ねえ。それじゃ『特典』じゃないじゃん」
「待った待った。アタシたちは殿下と先生のこと思うから
こんなにがっついちゃうけど、みんなは歌姫が気になるんでしょ」
「そーか、レア映像ってことね」
「きっと、これ発売と同時に、日本でCD売り始めたりするんだよ」
「なるほどなあ」
「なでしこちゃん、もう一回見てもいいかしら」
「どうぞ」
「何何、どこか気になるの」
「いや、興奮して、ところどころあんまりよく聞いてなかった」
「テンション高っ!」
誰にでも気づかぬだけで、運命の出会いはある。
それは、人だけでなく、仕事、道、
何にでも結びつくようで、今の
なでしこちゃんにとっては、天啓のようであった。
彼女は、華流ドラマを地でいっている公叔の邸に、
もう少しお仕えしても
良いような気持ちになっていた。
『錦官城』の、ハウスメイド部・中国史好きメンバーは、
日本の留学生の部屋に遊びに来ていた。
「うわあああん、よかった。泣けた」
「全俺が泣いたよね」
「なでしこちゃん、ごめん、ティッシュかりる。ずびー」
「どうぞ」
「ここで終わりだったんだー、にくいね」
「結構、史実に忠実だったじゃん」
「アタシ、映画館で見たけど、日本の液晶TVで見ると、また感動あらただよ」
通称、なでしこちゃん――彼女は、
後漢帝國美大の書道科の留学生なのだが、
最近、一時帰国していた。
母国で就職活動などをしていたようであるが、
潰しの利かない専攻ではなかなか厳しく、
このまま錦官城でバイトをしながら、大学院に進み、
外国に骨を埋める覚悟をしようかと
迷っているようだった。
そんな彼女の、外国人ならではの悩みを察して、
仕事仲間のチャイナガールたちは、
「お帰り会」と銘打ち、
手料理やスウィーツを持参して、
実は「励ます会」女子会を開催したというわけである。
この女子会の理由は他にもあった。
というのも、春にヒットした歴史映画『蜀漢帝國』の
日本語版DVDが発売され、彼女は帰国してゲットして、
当然のように住まいに持ってきていたのだ。
オーディオは日本製なので、お気に入りのDVDは、
全部持ってきている。
彼女は、日本人では分からない細かい演出などを、
仕事仲間の姐さんたちに聞いて、
華流ドラマの理解を深めることが趣味の一つである。
特に、字幕や吹き替えから洩れた、
ガヤの場面の私語を教えてもらうのが楽しいし、
背景に書などがかかっていると、
一緒に出典をチェックしてもらったりして、
次回の製作に挑戦できないかと思ったりするのだ。
「なでしこちゃんって、ツウだよねえ。ほら、そこの、
央視の三国の完全版とか。日本人普通持ってるの?」
「買う人は少ないかもしれませんね。
そうそう、昔、BSで放送してたらしいので、
録画して持っている人も居るのかも」
「へえ」
「日本人もすごいよ。吹き替えにしろ、
字幕にしろ、あんなに長い作品をさ、よく訳すよね」
「すごいっていうより、それだけ好きなんだろうね」
「うちらも好きだもんね」
「語り始めると夜が明けるよ」
エンディングの胡弓の切ない音楽が終わり、
スタッフロールが暗転し、
画面はメインメニューに戻った。
「アーッ!! ちょっと、なでしこちゃん!」
「はい。 どうしました?」
「ちょ……。映像特典、これ、国語版と違うっぽい!」
「え? ホントですか?」
「見たい見たい。見てもいい? いい?」
「どうぞ。わたしも、何だかんだで、見てなかったんです」
「ぽちるよ」
「ええどうぞ」
「ぽちっと」
『映像特典……2011年早春 上映会トークショー録画』
――「皆さん、今日はお寒い中『蜀漢帝國』の上映会に
お集まりくださいまして、まことにありがとうございます。
いかがでしたか? ……おや、泣いているお客様が多いようです。
サブタイは『禁断の恋のゆくえ』。センセーショナルでしたが、
実に、儚くもうるわしい物語でした」
「わーっ! よかった。日本語字幕だよ」
「吹き替えだとさあ、わけわからんもんね」
「読唇術の世界だよ」
「この上映会、気になってたけど、確かバレンタインの次の日だったもんな」
「そうだっけ。でもさ、そうじゃなくても競争率高かったんじゃない?」
「お客さん、主演の俳優目当てでしょ」
「そうそう。美形だからなー」
「しかもさあ、バラエティとか出ても、才能とか美貌を、全然鼻にかけないんだよね」
「うんうん」
「でも、前の日大雪で、彼、来られなかったんだよね」
「あっ、ブログで謝罪してた。そのあと、各地方の劇場の舞台挨拶、
急遽増やして、ますますファン増えたらしい」
「あったね、そんなこと」
――では、早速、メインゲストの監督・羅先生にご登場いただきましょう。
(拍手)
「わー、羅ってマスコミ嫌いで有名じゃん。よく出てきたね」
「『蜀漢帝國』、まるで原作から抜け出してきたようだって、
原作者の陳も絶賛だったらしいよ。
興行にひとはだ脱ぐ気になったんじゃない」
「へえ。いいとこあるじゃん」
――続いて、主題歌の歌姫、レディ・貂蝉さんです。
(口笛、大喝采)
「相変わらず、きれいだねえ……」
「しかも、歌って踊れるからな」
「何歳?」
「秘密らしいよ」
――それでは、今日のスペシャルゲスト、
後援にも名を連ねていただいております、
慈善団体「腕ながおじさん」の会長、
劉公叔です!
「えーっ!」
「わ、ほんとだ!!」
「やだ、なんか興奮する」
「へえ、こういうお仕事もなさるんだ」
「ご機嫌うるわしいね」
「いつもだけどね」
「ちょ……! うちの洋裁部の作ったお洋服じゃない?」
「そうかな?」
「そうだよ」
トークショーは、時々カットされながら、20分ほど続いた。
当然といえば当然だが、
冒頭は監督と歌手を中心に話題が進み、
彼女たちが気になる公叔は、その内容に耳をかたむけ、
まるでファンの一人のように
言葉少なく、にこにことしている。
――レディ・貂蝉さんのお気に入りの場面はどこですか。
――そうですね、始まりも、ラストも、
どの名場面も美しくて泣いてしまいましたけど……。
主人公が一人でよその国に行ってしまって、
王様と離れ離れになりながら、王様のために天才振りを発揮して……。
そして、帰ってきて再会するところが良かったです!
舟から降りるときに、王様が自ら手を取って、こう……。
歌も、「絶対ここだ!」という直感で作曲しました。
(会場、ざわざわ。「わかってるぅ!」のような声もあがって歓迎)
――ああ、そういえば主題歌は『携子之手』なんじと手を携え ですね。
――ほかにも、手を取り合う場面はたくさんありまして、
ほほえましかったですけど、そこが一番印象的だったので。
――歌詞には古詩の教養が溢れていると、ツウの間では早くも絶賛です。
――ここは、監督に相談しまして、勉強になりました。
特に『詩経』を参考にしましたが、
元々はメロディーをつけて歌っていた歌詞ということを、
歌手として、少しだけ分かったような気がしました。
先人を誇りに思います。
――今後の音楽活動にも影響しそうですか?
――はい、大いに。羅監督に声をかけていただいて、
いいご縁でした。……それから、いままで燃えるような恋に
憧れていましたが、こんな風な、切ない大人の恋が
してみたくなりました。
(会場、若い女性の黄色い声と、男性客のザワザワ声)
――大人の恋といえば、今日もご用務先から
駆けつけてくださったお忙しい公叔であられますが、
最近とみに精力的に……。ありていに申せば、
お若くなられたようだと専らの噂です。
旺盛なご活躍とご健康には、何か秘密が
あるのでしょうか。
――ハハ。この映画のサブタイトルを思えば、
『それは戀』だ、と、答えさせたいのであろう。
――ご賢察ありがとうございます。
――儂でなくとも、鴛鴦夫婦なら他にも居よう。
いかがかな、羅監督
映画界の鴛鴦夫婦、舞台美術家を妻に持つ
愛妻家の羅は、照れているようにソワソワとして、
にわかにはコメントを返せないで居た。
――あっ! それは伺いたいですよ!
人生経験豊富な公叔に!
レディ・貂蝉は、シャイな羅を庇いながら、
空気を読んで、公叔に話題を投げ返す。
――ごほん、ええと、噂によりますと、
まるでこの映画のように、大変お若い恋人が
おできになったというお話ですが、
そこのところを、是非もう少し詳しく……。
――何から話せばよいかな。
――どれぐらいお若いのですか。
――二十ほど年下じゃ。
――お羨ましいことです。
お付き合いが始まったのはいつ頃なのでしょうか。
――そうじゃのう……そう思うた時には、
もう邸に置いておったからの、よく分からん。
――何と! お付き合いの前にもう同棲ですか!
――いやいや、一つ屋根の下というだけで、
別室で暮らしておったよ。
――ということは今は。
――当然であろう。
――あっ・・。これはご馳走様でした。
たとえば、有名人でいうと、どんな感じのお方ですか。
――儂ぁ、疎いからのう、よう分からん。
――ますます知りたくなりますが。
全くお写真も出回っていないものですから。
――これこれ、人の想い者を、追い回すでない。
――これは失礼いたしました。
お大切のあまり、お邸に隠しておいでなのですか?
お出かけはなさらないのですか?
――あれは、目立つのでな。
諸君の目を盗んで、時々は、出かけておるのだよ。
そうじゃ、暇を見て、この映画を見に連れ出すとしよう。
――さすが公叔です、一本とられました。
何だか、映画の王様の境遇に、少し似ておられます。
……公叔、この映画で一番お心に残った場面はどこでしたか。
――そうじゃな、やはり、主人公を召しかかえようと、
のちの主君が何度も足を運んで、ついに叶うところが
美しかった。太公望の例もあるが、人の心を動かすものは
やはり人の心である、いつの世でもうるわしい場面といえよう。
――ラストの、帝が亡くなる場面は、いかがでしたか。
……お客様がたは、特に女性は、泣いておられますが。
――あれは、主人公は辛かろうが、身罷る方は満足であったであろう。
これが逆であってみよ。見ている我らも辛い。
若い者を見送って残った者はなお辛い。
……おおむね歳の順とはいえ、命数は天にあるもので、
別れは誰にでも等しく訪れるものだ。
そして、運命の出会いも、気づかぬことが多いだけで、
皆、それぞれに得るのだ。
かけがえのない人と出会えた日の奇跡と必然を、
時々、思い出すとよい。心からそう思えるよい映画であった。
ポスターには『禁断の恋』などと書いてもあるが、
最近目立つような過剰な映像は全くなかった。
児童にすら見せられように、登場人物の心が痛いほどに伝わる。
評判以上です。羅監督の代表作に加わりましょう。
諸君、いかがかな。
さりげなく監督に花を持たせ、しかも場を締めやすい
ムードに持っていくなど、さすがに慣れている。
途端に、割れるような拍手である。
本番に強い公叔の面目躍如たるものがあった。
――えー、盛大な拍手ありがとうございます。
……お時間も参りましたので、
このあと、レディ・貂蝉さんのCD即売会およびサイン会を
催します。御用とお急ぎのない方は、このあと
1階ロビーにて少々お待ちください。
ぜひ、お友達やご家族と一緒に、またのお越しを
お待ちしております。水曜日は女性歓迎です。
本日はまことにありがとうございました!
「……まさか、DVDで、殿下のおのろけを聞かされるとは」
「なんかさあ、ラストシーンのコメント、身につまされる」
「先生と一緒に見に来たのかなあ」
「先生、絶対ラストで泣いたよ」
「だよねー」
「しかし、何で国語版にこれ、入ってないの?」
「だからこそ?」
「そうだよ、日本で殿下ってそんなに有名じゃない気がする。
先生のことだって、知らないはずだし、なんのことやら」
「ねえ。それじゃ『特典』じゃないじゃん」
「待った待った。アタシたちは殿下と先生のこと思うから
こんなにがっついちゃうけど、みんなは歌姫が気になるんでしょ」
「そーか、レア映像ってことね」
「きっと、これ発売と同時に、日本でCD売り始めたりするんだよ」
「なるほどなあ」
「なでしこちゃん、もう一回見てもいいかしら」
「どうぞ」
「何何、どこか気になるの」
「いや、興奮して、ところどころあんまりよく聞いてなかった」
「テンション高っ!」
誰にでも気づかぬだけで、運命の出会いはある。
それは、人だけでなく、仕事、道、
何にでも結びつくようで、今の
なでしこちゃんにとっては、天啓のようであった。
彼女は、華流ドラマを地でいっている公叔の邸に、
もう少しお仕えしても
良いような気持ちになっていた。