「大人の情景」 木馬の騎士

2008/11/13

21cパラレル(大人の情景 劉公叔の物語(21世紀)

人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ。
では、人の恋路を助ける奴に、馬は何かヒントをくれるのか。

日曜日、常山出身の好漢は、彼の子息と、遊園地に来ていた。

子息は、絶叫系のアトラクションを総なめして、
大変ご満悦で、
しかし、何に乗っても、参禅中の僧のように、
微塵も動じない付き添いに、
「子龍、もしかして、つまんない?」
と、気遣いを見せて、アイスクリームを舐めていた。
あの、傍目にもじれったいような、
公叔と先生の、プラトニックな恋は、
これからどうなるのだろうか。
昨日、口げんかをなさっていた。
放置しておいても、犬も食わないというやつなんだろうが、
 
『「たとえ」”わたくしが○○と言ったとしても”』
公叔はお信じになるまいと、かたくなに言葉を呑んだという、
その○○とはなにか、
問題は、この謎を解くお鉢が、あろうことか、
この私に回ってきているというこの状況だ。
第三者の、しかも、公叔の執事で、先生の護衛に過ぎない私が、
一体、何ができるというのだ。

頼りといえば、記録をつづけている孔明先生観察日記と、この、五線紙。

恋愛というもの自体にも、縁遠いというのに・・・
悶々と考える好漢は、毎年のバレンタインデーに、
メイド派遣会社の女子一同から、
公叔邸に届く包みのほとんどが、
「趙さま宛」
の本気チョコであることに無頓着である。

”あのお方は、個人的には絶対に、お受け取りにならなくてよ”
メイドたちは、自分または仕事仲間の誰もが、
この好漢の心を射止めることができない予感は
いだきながらも、戦友といった趣で知恵を絞り、
二月のローテーションの中で、
十四日に直近の日に公叔邸に出勤する者が代表して、
”あのぅ、これ、ぜひ皆様で”
と、退出前に、おおきな紙袋をこの好漢に渡すのだ。

中身は、
「公叔殿下」「御令息殿下」「関様」「張様」と、
宛名カードが添えられた大きめの義理のチョコレート箱の下に、
こまごまと、
「趙様」「趙様」「趙様」・・・と、
小さな本気チョコの箱が並んでいる、という具合なのだ。

決して、縁遠いわけではないはずのこの好漢が、
とにかくだ、よくわからん!
と、青空を見上げると、二条の飛行機雲が、
見事にクロスしていたが、

(交点があるように見えるだけで、
 実際には高度が違って、接点がない雲かもしれない)
と、今抱えている問題を
浮き彫りにされたようで、やや物悲しかった。
公叔のことでなければ、とっくに匙をなげておる。

このテーマパークのウリのひとつの、
限定お子様ランチに歓声をあげながら、子息が昼食を摂っている時に、
常山の好漢は、「孔明先生観察日記」のメモを取り出した。

日曜日 晴
 8:00先生起床。食堂で朝食を召し上がる。庭を2時間(!)散歩。木の影を紐で計測?
     12:00食堂で公叔と昼食。13:00書庫15:00お茶をお運びするも書庫で昼寝中
     17:00お部屋で、マッチ棒を積み上げて塔を制作19:00夕食20:00就寝(早っ)
月曜日 晴
 4:00先生屋上で天体観測?4:30二度寝8:30先生起床朝食
     10:00演奏ベートーベン「悲愴」メンデルスゾーン無言歌集
     12:00昼食13:00書庫でお昼寝15:00お茶。庭の百葉箱にご関心16:00倉庫入室をご希望
     19:00ご子息と夕食20:00お部屋で書き物1:00就寝
火曜日 曇
 9:00先生起床。朝食。10:00書庫12:00昼食13:00倉庫で機械いじり
     15:00お茶、書庫で昼寝
     17:00演奏ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」ギロック叙情小曲集
     19:00ご子息と夕食。
水曜日 雨
 10:00先生起床。起き抜けに演奏。サティ「ジムノペディ」、ショパン「雨だれの前奏曲」、
     朝食兼昼食、
 終日一時間ごとに庭のバケツの降水量計測。15:00お茶19:00ご子息と夕食
木曜日 曇
 7:00先生庭で花びらと葉を拾う(掃除ではない様子)8:00朝食
     9:00お部屋で書き物12:00昼食13:00屋上で観測気球を飛ばす
     14:00階段の踊り場に脚立を立てて、梁を観察19:00ご子息と夕食22:45公叔と面談
金曜日 晴 
6:00先生庭で餌やり、百葉箱チェック。12:00公叔と昼食15:00周家の客来る。
     16:00公叔の書斎 
     17:00演奏ドビュッシー「月光」ブラームス「ラプソディ」ショパン「子守歌」20:00夕食 



わからん。

先生の日常を見ていれば、公叔を、ええい、この際、全ての意味で
お慕いしておられることは明白で、あえて記録に頼る道理はない。
特に、理科実験のような行動には、関連を見出せん。

恋する男の気持ちとしては、
日常を見ていないからこそ、何か物証が欲しいのだろうかな。
それを、先生の日常から発見せよということなのか。
雲を掴むような指令ではないか。


たそがれの遊園地では、回転木馬がうつくしい。
「やっぱ、シメはこれだよね」
少しロマンチストな子息は、
メルヘンな装飾の回転木馬に、今日の保護者である好漢を誘った。

(わたしは、これは苦手だ)
苦笑しながら、子息がまたがる木馬の後ろの、
馬車の形をした椅子に腰掛けて、くるくると緩慢で単調な廻りに
身をゆだねていたが、不意に、眼光鋭く、BGMに注意を向けた。
(ん?)
回転木馬のBGMは、ノスタルジックな、
しかし調子の良い、アコーディオンのような音色が常である。
これもその類だ。
三拍子。
聞き覚えがある。

この好漢は、楽器演奏こそ嗜まないが、
歌は巧く、記憶力も格別に良い。
いつも暗譜の先生が、いたずらを言うかもしれないと、
曲名を聞いたあとで、必ずリサーチして
旋律を確認しておく入念ぶりなのだ。

これは、昨日の昼間に、先生が演奏した曲だ。
内ポケットから、メモを取り出して捲る。
”サティ「お前が欲しい」”

最近の記録を遡ると、
”リスト「愛の夢」”
”ラヴェル「水の戯れ」”
”エルガー「愛の挨拶」”
”ウエーバー「舞踏への勧誘」”
”ドビュッシー「水の反映」”
”マイケルナイマン「楽しみを希う心」”
”バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」”



もう、捲るのはよそう、回転木馬ごときに、酔いそうだ。

旋律と曲名の一致という正確さに拘って、
単純な思考が妨げられていたのを悟り、
顔が、真っ赤になっているのが、自分で分かった。

「水の」というのは、よく分からないが、
推測が当たっているならば、いつも公叔の居ないところで、先生は、
誰にも知られずに、毎日、公叔への想いを鍵盤にのせて
叫んでいた、ということになりはしないのか。

(噂に聞く、あれか。ツンデレか)
しかし、物証としての決定力不足な感触は、否めない。

では、この手書きの五線紙は、なんなのか。
公叔に捧げる、愛の曲?なぜ一枚だけか?途中なのか?
題名もなく、長調か短調かさえも、わからないが。
何度、透かして見ても、歌詞も隠れていない。


一日パスポートの、お釣りがくるほど元をとって、
ご機嫌な子息と、出口付近の土産物屋で、
「父上には何がいいかな・・・耳が大きいから、かぶりものはやめようかな」

動物の耳の形をした飾りを、頭にあてがった子息を、
ほほえましく見守りながら、その小さな笑顔の横の棚に、
ふと目が行った。

”♪現在、店内で放送中のCD♪ シューマン アベッグ変奏曲”

販促用の、手書きのバナーを斜め読みして、
見本のCDを手にとって、裏返し、簡単な解説を見て、
常山の好漢は、
(天佑!)
大きな手ごたえを感じ、あやうくCDのケースを、
その握力で、みしりと割るところであった。

これだ。これだろう。この五線紙は、きっと暗号だ。
たとえ演奏できなかったとしても、それなりに意味がある種類のものだ。
「さあ、帰りましょう」
「子龍も、楽しかった?」
この日、はじめて、いつもの颯爽とした笑みを浮かべた好漢に、
子息は小首を傾げて見せた。



 *** 余 話 ***



「だからです、あの頃にはもう既に、間違いなく、
 先生は、公叔に心惹かれておいでだったのです」
「どうしてそうなるのだ、もう一度、もう一度説明してくれぬか」

(一体、このかたは、きょう何度わたしを赤面させれば気がお済みになるのか)

釈然としない彼の書斎の机に、件の手書きの五線紙を広げて、

常山の好漢は、これ以上ないというほどに、噛み砕いて説明した。
「一番上だけ、先生の楽譜を、お読みになると?」
「儂ぁ、この、32分音符というやつは、苦手じゃ。
 見よ、伴奏も、恐ろしく込み入っておる。理解の範囲外じゃ」
彼は、眼鏡をかけた眉を、しかめてみせる。

「惑わさてはなりません。一番上だけです。
 32分だろうと、33分だろうと、さあ、こうして、はじめの6つだけ」
味気ないA4の紙を、五線紙のうえに、たがい違いに2枚重ねて、
五線紙の左上の、冒頭だけを彼に見せる。

「”ソ””♯ソ”・・・”シ””シ””シ””シ”」
「我々にはなじみが薄いですが、
 日本では ”イ””♯イ””ロ・ロ・ロ・ロ”と、表音します」
「なぜ日本が出てくるのだ」
「日本のこの、片仮名という記号は元来、我等が祖国の文字を借りたものです」
「わからんな」
「他の言語では駄目なのです。・・・ペンを拝借」

好漢は、イ ♯ イ ロ ロ ロ ロ 
を、A4の紙に、順に、巧みに書いて見せた。
「先生らしくもなく、些か歪つではありますが、
 これ以外に、そしてこれ以上の答えはありますまい」

日本の片仮名とやらが組み合わされて、
目の前で、音符から出来上がった文字は、
漢字一文字であった。
『備』

「・・・32分音符で、高音部は、全部これで、
 おそらく二枚目以降も、びっしりとですよ」

好漢は、音符がびっしりと書かれた黒黒とした
楽譜を再び掲げて、やっと理解して放心したかのような、
彼の隣で、顔を赤らめるのも飽きたように、淡淡と、
おそらく真実である推論を述べた。



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