新野古城桃蕭蕭 (しんやのこじょう ももしょうしょう)

2010/08/23

うをとみづ3世紀SS

 儂が魚で、あれが水、もしこの譬えに合点が行かぬなら、
 龍の眠りを妨げた者に課せられた務め、
 それとも、
 龍を得た者にのみ許される特益、とでも、考えよ。
 甘やかしすぎるくらいで、あれには丁度良いのだよ。

 まったく、お前たちも、いい年をして、わからん奴らじゃな。
 末っ子が生まれて、父母をとられたと勘違いして駄々をこねる
 小童のようではないか。今日こそは、よう聴け。

 よいか、お前たちにも、すぐに分かる。
 あれは、儂が寝かせてやらねば、儂が養うてやらねば、
 寝食を忘れて没頭する、極めて危うい性質なのだよ。

 隣におると、あの白い額の中で、
 空恐ろしいほどの勢いで、何かが回転している気配を
 ひやりと感じることがある。

 其の、心の曇りが晴れれば、お前たちにも、すぐに分かる。

 ちょっとやそっと、甘やかしたぐらいでは、
 あの頑固者は、駄目なのだよ。

 一度目覚めた龍は、
 斃れるまでもう二度と眠らないのではないかと、
 何度心配したことか。杞憂と、笑うでないぞ。

 お前たちは、あれを、まだ知ろうとしておらんだけで、すぐに分かる。

 餐とて、龍は人の世のものなど食わぬのに、
 儂を安堵させるためだけに、食うて見せているだけではないかと、
 疑わしいことすらある。大食もいかんが、少食に過ぎるのは、もっといかん。

 お前たちは、酒量しか見てておらんだけで、すぐに分かる。

 桃園の誓いと、軽重を問うでうない。
 其れとこれは別儀で、一律に較べられることではない。
 何というたら、分かってもらえるか。

 お前たち二人となら、いつ落命しようとも本望じゃ。
 だが、何があっても、あれを道連れにはできん。
 息災で、長生きしてもらわねばならん。

 あれが可愛いのは勿論だが、儂らの後をも、委ねたいが為もある。
 其れが為にも、儂が甘やかさねば、誰が甘やかすというのだ。
 儂と、儂らのために、快く、あれを甘やかさせてくれぬか。

 また愚兄が、おかしなことを言うと、怒らんでくれよ。
 お前たちに包み隠すことなど何もない。偽らざる本心なのだ。

 そして、
 万が一の時は、あれを護って、儂と共に死んでくれるか。

 はは、二弟よ、ようやく分かってくれるか。
 そうじゃ、儂は、あの頃と何ひとつ変わっておらんつもりじゃ。
 泣くな、三弟。儂まで泣けてくるではないか。
 好し、好し。

 それでのう、一身胆のお前には、いつも損籤を引かせるようだが、
 若しも、其のような仕儀に立ち至ったならば、あれと愚息を護って、
 一目散に落ち延びよ。

 ……と言い置いておくならば、お前はお前の意思に関わらず、
 必ずそうしてくれるのだろう。
 儂の狡い我儘を、許してくれよ。
 
 ああ、三人とも、そんな顔をするでない。
 努めて、そうならぬように、心しよう。


廿七年も前、其れを黙って聞いていた、新野の古城の、
焼け残った一木の桃の樹は、秋風が運んできた悲報に枝を震わせた。

あの時、この木陰で語らっていた四人は、南へ去り、
そしてもう誰一人、この大地の上には居ない。
あの、巨きな耳の主が、掌中の珠玉のように語ったかの人も、
時が来て、其処へ追って行ったのだ。

わたる風は、嘗てお前を焼こうとした者に、情けをかけるのかと言いたげに、
桃の樹を巡った。

彼よりほかに、この花の盛りも木の葉の陰も、秋の実りも冬の風情も、
あれ程に、こよなく愛でてくれよう人は、こののちの世、現れるのだろうか。

其の彼が、叶うことならば、其の大きな両の掌に包み続けたいと願うが如くに、
想いを寄せた其の人を偲んで、樹は迷いも見せずに頷くように梢を揺らした。