うつし世と違うて、體かたちのない世もまた、悪くはない。
銅雀臺で美女を賞し美酒を酌んでもやはり十日で飽きもこようが、ここには左様な心持とはまた別な趣がある。
予想はしていたが、生涯にわたって悩まされつづけたあの頭痛から解放されたのは実に愉快だ。
だが、羽将軍にはいまだに再会できぬとは、なかなか予想外ではある。
羽将軍は余らとは別な在り方をしておる。
うつし世のそこかしこで神のごとく崇められており、あらゆる国の空を駆け巡って閑なしという風のうわさじゃ。
再会というても、體かたちのない余らのこと、両のまなこで互いを見、両の手を相取り合うて涙を流すというわけではない。
羽将軍に会うたとて、あの美しい長髯を懐かしむことができるわけではない。
たとえるならば、東の風と西の風が音もなく吹き寄せて和しながら『ああ誰某であったであろう』と、かそけき記憶をもとに淡く覚えるのみといえよう。
というに、いつぞやの秋の空の光景が、余は忘れられぬ。
赤壁で余から十萬本の箭をせしめたかと思えば、東南の風に乗じて再三にわたって余の命を脅かし、余の罷ったあともあの仲達にすら何度も苦杯を飲ませつづけたあの男がどんな奴だったのか、平穏だが時に退屈は否めぬこの體かたちのない世で、興味のわかぬはずもなかろう。
だいたい、大耳君の好みそうな雲霧のあいだには見当がついている。
うつし世とは異なりここではいずちへでも行けるが、いずちへも直ちには行けぬので、天上の花弁の舞うを頼りに、たまさかに出づる虹を伝わり、ゆらり、秋風に軍旗がなびくあのあたりへ漂うてみた。
さきほども言うたが、體かたちがあるわけでもない。
罷ったあとのうつし世のつづきも、目で見ることができるわけでもない。
大耳君であろうと思う気配が、誰かがたゆたってくるのを待ちうけているようだ、という揺らぎを僅かに感ずるのみであるし、余はそのたゆたいの、うつし世の顔は知らん。
そして、軽く寄る辺もなく不確かだというのに、妙に静かでおおらかに、この蒼天の一部でありまた全部でもあるごとき在りかたへと、誰もが等しく和して流れ転じてゆくというのにだ。
どうであろう。
出会うたその二人の様子は、ぴたりと時が止まったようであった。
體かたちがあったなら、繪師がふたりを画幅におさめるに十分なほど、時は止まっていた。
どんな畫か、だと?
推して知るべしだ。皆まで言わせるな。
あれは、何だ。
本当に、君と臣なのか。
本当は、君と臣ごときではなかったのではないか。
余が呆れてその場を去ろうとすると
「あまりご覧に入れたくないですな。我が愛相に穴があきそうだ」
十数年ぶりに、人の聲が聞こえた。いや、聞こえた、と思った。
忘れもせん、最後にその聲のぬしの姿を遠くに見たのは定軍山だ。
「失敬な。余を何だと思っている」
余も、久方ぶりに声を発した。発したというより、大耳君のほうへこの言葉を及ぼしおおせたと思った。
大耳君が、妬ましいほど朗朗としたあの聲で笑うので、余もつられて笑い
「やがて機会があるならば、三人で飲もうぞ。臥龍先生」
おのれでも思いがけぬことを雲霧の間にほのめかせて、余は一顆の雨粒に拠って去った。
つねに詩情に盈つるがごときここにあって、急に五色の光が彩りを添えたがごとき光景に触れて、思わず詩のひとつも賦したくなったのだ。
うるわしかった。
かたちなきことが惜しいほどにだ。
(2014.08.23)
銅雀臺で美女を賞し美酒を酌んでもやはり十日で飽きもこようが、ここには左様な心持とはまた別な趣がある。
予想はしていたが、生涯にわたって悩まされつづけたあの頭痛から解放されたのは実に愉快だ。
だが、羽将軍にはいまだに再会できぬとは、なかなか予想外ではある。
羽将軍は余らとは別な在り方をしておる。
うつし世のそこかしこで神のごとく崇められており、あらゆる国の空を駆け巡って閑なしという風のうわさじゃ。
再会というても、體かたちのない余らのこと、両のまなこで互いを見、両の手を相取り合うて涙を流すというわけではない。
羽将軍に会うたとて、あの美しい長髯を懐かしむことができるわけではない。
たとえるならば、東の風と西の風が音もなく吹き寄せて和しながら『ああ誰某であったであろう』と、かそけき記憶をもとに淡く覚えるのみといえよう。
というに、いつぞやの秋の空の光景が、余は忘れられぬ。
赤壁で余から十萬本の箭をせしめたかと思えば、東南の風に乗じて再三にわたって余の命を脅かし、余の罷ったあともあの仲達にすら何度も苦杯を飲ませつづけたあの男がどんな奴だったのか、平穏だが時に退屈は否めぬこの體かたちのない世で、興味のわかぬはずもなかろう。
だいたい、大耳君の好みそうな雲霧のあいだには見当がついている。
うつし世とは異なりここではいずちへでも行けるが、いずちへも直ちには行けぬので、天上の花弁の舞うを頼りに、たまさかに出づる虹を伝わり、ゆらり、秋風に軍旗がなびくあのあたりへ漂うてみた。
さきほども言うたが、體かたちがあるわけでもない。
罷ったあとのうつし世のつづきも、目で見ることができるわけでもない。
大耳君であろうと思う気配が、誰かがたゆたってくるのを待ちうけているようだ、という揺らぎを僅かに感ずるのみであるし、余はそのたゆたいの、うつし世の顔は知らん。
そして、軽く寄る辺もなく不確かだというのに、妙に静かでおおらかに、この蒼天の一部でありまた全部でもあるごとき在りかたへと、誰もが等しく和して流れ転じてゆくというのにだ。
どうであろう。
出会うたその二人の様子は、ぴたりと時が止まったようであった。
體かたちがあったなら、繪師がふたりを画幅におさめるに十分なほど、時は止まっていた。
どんな畫か、だと?
推して知るべしだ。皆まで言わせるな。
あれは、何だ。
本当に、君と臣なのか。
本当は、君と臣ごときではなかったのではないか。
余が呆れてその場を去ろうとすると
「あまりご覧に入れたくないですな。我が愛相に穴があきそうだ」
十数年ぶりに、人の聲が聞こえた。いや、聞こえた、と思った。
忘れもせん、最後にその聲のぬしの姿を遠くに見たのは定軍山だ。
「失敬な。余を何だと思っている」
余も、久方ぶりに声を発した。発したというより、大耳君のほうへこの言葉を及ぼしおおせたと思った。
大耳君が、妬ましいほど朗朗としたあの聲で笑うので、余もつられて笑い
「やがて機会があるならば、三人で飲もうぞ。臥龍先生」
おのれでも思いがけぬことを雲霧の間にほのめかせて、余は一顆の雨粒に拠って去った。
つねに詩情に盈つるがごときここにあって、急に五色の光が彩りを添えたがごとき光景に触れて、思わず詩のひとつも賦したくなったのだ。
うるわしかった。
かたちなきことが惜しいほどにだ。
(2014.08.23)