むかしむかし。
狭く危うき桟道のむこうに、わたしどもが華陽と呼ぶ小さき国がありました。
お集まりのみなさまが、本当は先の世も今の世も後の世も、それぞれ幾つもあり得るということを信じておいでかどうかは存じませぬが、わたしどもに伝わる昔話の、はじまり、はじまりでございます。
そのむかし世の中は大いに乱れ、秋の実りの頃と冬の雪の頃をのぞいて、馬の嘶きと戦車の音が絶える年などありませんでした。
そんな恐ろしい世の中で、真っ先に滅ぼされるのは小さき華陽國だと、誰しもが思っておりました。
ところが、最初の騒乱から幾十年か経てみると、周りの国をしたがえ、ついに戦の世を終わらせたのは華陽國だったのです。
華陽國の大王はとても情け深く徳が高くおわしたうえに、丞相は千年に一人と言われるほどの智者でしたので、平和を招くことができました。
天下が治まったのを機に、先の大帝は叔父上である大王に御位をお譲りになり、亡き皇后の菩提を弔うために当時はまだ珍しかった仏門にお入りになりました。
天下が治まったのを機に、先の大帝は叔父上である大王に御位をお譲りになり、亡き皇后の菩提を弔うために当時はまだ珍しかった仏門にお入りになりました。
大王は大帝にご即位あそばして諸諸の儀式や宴や詔勅の発令などが一段落したある夜、龍床に丞相をお召しになりました。
何も驚くことはございませぬ。
大帝は丞相を隆中という里に訪い召し出した日から、毎晩のように丞相と一つの寝台でお休みになっていたのですから。
御側の者共も心得ていて、丞相がお越しになって跪いて拝礼を終えなさると、さっと次の間へ控えてしまいます。
「愛相。近う」
「はい」
龍床にまします大帝に招かれ、丞相は二歩ほど小さく進みました。
両のお手を袖の中に隠して袖口を揃え、もしもこれに黒い衣を纏って愛用の白い羽扇を握っておいでなら、そのまま朝議の玉座を前にしても構わぬほどの礼儀正しさです。
丞相は大帝よりも二十歳もお年下なので、灯火に映える長いお髪には未だ白髪の一筋もございませぬ。
お軆が丈夫ではないので、日にも焼けておいでにならず、ご容貌も品よく整っておいでのためか、実際のご年齢よりさらにお若く見えます。
お伏せになった眸の睫は、白い頬に長く影を落とし、灯火に揺れて何ともいえぬ風情がございます。
大帝はといえば、草莽から身を起こし給い戦塵にまみれ、人の世の辛酸が龍顔に深く刻まれておいでです。豊かな御髪は半ばまで白く、御膚には擦り傷の跡をそこかしこにお持ちでございます。
還暦を前になさってもなお鎧うて御馬をお召しになり戦場にお出ましでしたので、御歳を召しても御背は厚く御肩は頼もしく御懐は寛く、何より人並み外れた巨きな両の御耳には、選ばれし者としての福相が顕れてございます。
御背も高くはなく決して美男とも申し上げられませんのに、大帝の御徳が滲み出た王者の風格には、人を酔わしめるものがございます。
大帝は、丞相の拝礼をただちに免じ給いつつ、几帳面で一向に君寵に馴れぬ丞相のこのご様子を今宵は殊更にゆかしく覚え給い
「もそっと近う」
重ねてお申し付けになり、少しずつ近づいてくる丞相を辛抱強くお待ちになり
「愛相の功に報いるに引き合う褒美など、おそらくこの世にはなかろうが。望みがあらば叶えて進ぜようぞ」
多年にわたる丞相の功績をお労いになりました。
多年にわたる丞相の功績をお労いになりました。
「滅相もございませぬ。どうか、群臣みなそれぞれへの褒美を賜りましてからのちにお考えください」
領地にも財寳にもご興味がない丞相は、そう申し上げて袖の中で拱手して一礼なさいました。
「長年、斯様に御しがたい頑固な暴君を戴いて、止んぬる哉と思うたであろう。数えきれぬほど」
「まことに」
「言うたのぅ」
大帝は磊落にお笑いになりました。丞相が大帝を褒めて申し上げているのが分かっておいでだからです。
丞相はといえば、うっかり大帝の非常な名君ぶりを褒め奉ろうと一旦お口を開くと、日ごろからお慕いしてやまない想いが堰を切ってとめどなく溢れ出でてしまいそうで、いつも短い冗談を申し上げては巧みに躱しておいでなのです。
それに、歳を経るごとに老い衰えなさるどころか、磨きがかかる大帝の名君ぶりには度度に頭が下がるばかりで、小賢しき策を弄しては却って王道を妨げ申しあげたことがなかったかと反省せずにはいられません。
「褒美を望まぬのであれば、かねてよりの約定を果たさねばならぬか」
大帝はおのれに問いかけるように小さく仰せになり、弾みをつけるように御膝を掌で力なく一つお叩きになりました。
長い沈黙の間に、小さな灯火の芯が幾度も瞬いたり微かに焦げる音をたてたりします。
「そちを、水清きあの隆中へ帰してやらねばならぬ時が来たようじゃ」
丞相は、そのお言葉を待っていたのか恐れていたのか、ご自身の心の中で答えを探していました。
ご聡明な頭の中を探しても、答えはなかなか見つからず、また沈黙の時を伸ばすばかりです。
「この約定を果たすことが、そちの長年の労苦に報いるに値するなら差し許そう。……だが儂は」
大帝は、ご治世最大の難問に直面したかのような色を浮かべ給うて
「そちを離しとうはない。そして、勅命でそちを引き留めとうもない」
力なく仰せになると、御眉をお下げになり御肩をお落としになりました。
「その仰せを賜るだけで、生涯が報われる心地でございます」
丞相は涙をご覧にいれたくなくて、床に跪きなさいました。
「陛下の御代の弥栄を、隆中にてお祈りしております」
拝跪したまま、聲が震えぬように気をつけて丞相は申し上げました。
丞相だとて、大帝のお側を離れたくなどないのです。
しかし平和な世の中では、戦いに勝つための謀りごとはもう要りません。ゆえに、丞相はひそかに引き際を探しておいででした。
保身のためではなく、自分という寵臣ひとりが大帝のご信頼を一身に受けて国の重責を担いつづけるのは、乱世が終わった後の世のまつりごとの姿としては好ましくないからです。
「そうか。そちは帰るか」
大帝は心底から残念そうに長く大きな溜め息をおつきになると
「急ぐことはない。日を選んでな。護衛には翼徳をつけて進ぜよう」
迷うご様子もなく末の弟御を丞相の護衛にお選びになりました。
後世の史家がこれを知ったなら、大帝には丞相への害意があったと推し測るかも知れません。
丞相を無事に送り届けたいなら、ここは、趙子龍という将軍の名が挙がるべきだと。
大帝の末弟の豪勇は、あの呂温侯に次ぐほどです。この当時に最強の誉れ高き美髯公すらも
『わしよりも奴は強い』
と評したことがあるほどです。
付け加えると、大帝の末弟は惜しい哉、やや思慮に欠け粗暴に走り酒に溺れやすい欠点があります。
もしも大帝が
「道中、人目につかぬところで禍根を絶て」
とお言い含めになりさえすれば、その蛮勇を用いて嚢の中のものをただ取り出すように丞相のお命を頂戴できることでしょう。その懸念はもっともに思えます。
しかし、この末弟の将軍は曲がったことが大嫌いです。匕首一本持たない者を暗に害するなど武人の誇りにかけてできることではありません。
もし左様なお下知があったなら
「俺は兄者を見損ないまシた。どうしてもならな、他の恥知らずなおべっか野郎を遣ってください。俺は行かねぇでス」
とお断りしてお邸に引きこもり、浴びるようにお酒をお過ごしになることでしょう。
そして、丞相がお発ちになったと聞いたなら爵を打ち捨て、愛馬に鞍を置いて、大帝のお許しも得ずに手勢を連れて出奔し、公然と丞相をお護りしに行きさえするでしょう。
長い歴史をひもとけば、建国の勲臣が円満に朝廷を離れ得て天寿を全うしたことは少ないのです。
遠くは越王勾踐の大夫文種、近くは高祖の大将軍淮陰侯。調べてみれば先例はいくつでも見つかります。
王朝の磐石のために「恥知らずなおべっか野郎」の、馴染み薄い将軍の名を聞いて、万一その道中で落命することがあっても大帝を怨むまいと丞相は思っておいででした。
謀臣とは、軍師とは、常に最大の窮地の可能性を考え合わせておくものなので、杞憂とわかっていてもお考えにはなるのです。
丞相は大帝のお心のうちを疑ったことはありませんでしたが、護衛の将軍の名を聴いて、本当に大帝が丞相の旅の安全を願って考えてくださったことに涙が止まりません。
引き際を決められない丞相のために、この上ないお優しさで大帝がお決め下さったに相違ないのですから、このご鴻恩を最後の想い出として胸に刻んで帰らねばならないと思いました。
礼を免じ給うても伏せたきりの丞相を不憫に思し召してか、大帝は徐に龍床を降りて丞相に差し向かい
「ところでな。儂が早速に退位したなら、隣に棲んでもよいか」
窓に小鳥が止まったことを口にするような軽やかさで仰せになりました。
「お戯れ、を」
「戯れなど言わぬ」
思わず跳ね起きた丞相の頬に伝っていた涙を目敏く見つけて、大帝はお召しになっておられた龍袍の袖の内側で左右をそっと拭うと
「よいと言え。孔明」
ご下命であるはずだというのに、まるで許しを求めるに似た聲音で丞相のあざなを甘くお呼びになりました。
龍袍の大きなお袖が衣擦れの音をたてるや、丞相は大帝の寛き懐にいだかれました。
このようなことは何度もありましたのに、胸が高鳴るばかりで、丞相は何のお智恵もだすことができません。三歳の童すら言えよう短い言葉さえ申し上げることができず、かぶりを振ることもできません。
「言わぬなら。軆に訊こう」
物騒なお言葉とは裏腹に、大帝は伝国の玉璽を惜しむ以上の細心さで丞相の細い頤を捉えて、その唇をお求めになりました。
大帝は今まで丞相と過ごした夜に、丞相の袖や髪や額をお盗みになったことはありましたが、ずっとお慎みになっておいでだったのです。
丞相は唇が火傷を負ったのではないかとお思いになりました。
とても熱いのです。
熱いのは唇だけでなく、頬も火照り心の臓の病に罹ったように鼓動も早まる上に、大帝の御髭が口元を掠めるたびに、胸もきゅんと痛みます。
ほんの少しだけ息を継ぐ暇を賜ったときに、丞相は微かなお聲で大帝を
「……我が君」
とお呼びになりました。
「陛下」ではなかったそのお聲が大帝の巨きな御耳に届くや、龍體のうちに俄かに湧き立つものをお覚えになり狼狽なさっておいでです。
必要に逼られて後宮に幾人かお持ちになっている貴人や美人をお召しになることなども、億劫におなりあそばしてもう何年も絶えて久しいと申しますのに。
今さらにして大帝は、ご自身がどなたをどれほどお望みになっていたのかを思い知り給うたのでした。
短いお伽話を語り終えようほどの長い長いあいだ、大帝は丞相の細いお軆を撫でさすりなさりながら、かれこれとお営みあそばして仲仲お離しになりません。
いつでもお心は寛く、おっとりとお優しい大帝が、これほどまでに烈しく焦がれ給うておわしたとは丞相は夢にも思わず、何も聞こえず、何も見えず、この世に大帝ただお一人が座しますように思え、大帝のお心のうちを口移しに賜り軆の中を巡る眩暈に我をお忘れになりました。
この世で臣と君に生まれあわせて、これ以上たがいに近づくすべはないとお諦めでしたのに図らずも急に御唇を賜り、賢いはずの丞相ができたのは君臣の道に背き給うことなかれと説くことではなく、龍袍にしがみつき大帝の思し召しに幼く応じることだけでした。
龍床へ招こうとあそばすと丞相の腰が抜けてしまっていたので、大帝は笑い聲をお立てになって丞相を抱き上げなさりお運びになりました。
大帝が、どうやら斯様なことが全くお初めてだったご様子の丞相に、お人のわるい揶揄をおおせになると、丞相は
「ご……退位など。断じてなりませぬ」
白皙を薄桃色になさり眸を泳がせながらも抗議をお始めになろうとなさるので、弁を争っては敵い給わぬ大帝は
「相わかった。そちが帰らぬなら退位せぬ」
と、あらたなお約束をなさると、また別な宵に巫山の夢を結ぶぼうと内心でお決めになり、長い御腕を枕にお貸し与えになりました。
大帝は十数年もお待ちになれたのでございます。
たとえばあと十日余りなど、何ほどのことがありましょう。
めでたし、めでたし。
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華陽國が初耳のおかたは『華陽国志』でおググりあそばすと、
正史・演義以外の燃料をいささか得られるかもしれません。