帰国便のフライトを待つために、大きな一枚ガラスの向こうに駐機場が見えるラウンジの窓際の長椅子に並んで腰掛けると、往路の出発空港での記憶よりも三センチほど先生が近いように感じて、彼は内心嬉しい。
それは気のせいではなく、実際に無意識に彼らの距離は縮まったといえた。
「蘭月」が一役買ったのである。
彼が「蘭月」を知ったのはつい三日前のことだ。
詩竹大飯店でルームサービスのブランチを取った際にその名を初めて目にした。
先生がまだバスルームから出てこない頃合いに部屋の呼び鈴が鳴り、彼が気楽なヨガウエアのままドアを開けるとボーイが笑顔でワゴンを転がして来
「おはようございます。お待たせいたしました。どうぞお掛けになってお寛ぎ下さい」
と挨拶するので彼はそれに従ったが、小さなリビングを手早く整えてクロスとカトラリーとを揃え、料理を配置する品のよい物腰をぼんやり見るのみで手持ち無沙汰である。
「……以上でご注文の品はお揃いでしょうか」
「揃っておる」
「恐れ入ります、伝票にサインをお願いいたします」
ボーイは絨毯に屈んで姿勢を低くして、クリップつきの小さな革張りのボードと銀色の軸のボールペンを差し出した。
彼は右下に慣れたサインを記してから伝票の最下欄にチップの金額を書き込み、伝票を先に手渡して左手が空いた隙にヨガウエアのポケットから折りたたんだ小額紙幣を取り出して、ボールペンを返し、その流れに沿って淀みもなく
「忙しい中、すまぬな。ありがとう」
と言い添えて紙幣をボーイに手渡す。
旅先でいちいち紙幣の額面と所持金額を気にしておくことは面倒なことではある。
伝票に大枚書き込んでチェックアウトの際に精算する方法がなくはないが、彼は目の前で他人のためにサービスを行った者にこそ、その都度に感謝を示したいので、当分の間この方法をあらためるつもりはない。
「ありがとうございます。こちらはフロントからお預かりしてまいりました。お尋ねの件でございます」
ボーイは礼儀正しく一礼して紙幣をベストのポケットにしまうと、懐中から厚手の封筒を取り出して両手で彼に差しだした。
「どうぞごゆっくりお召し上がりください。お済みになりましたらフロント9番へお知らせください。失礼いたします」
その封筒を中に入っていたメッセージに「蘭月」の文字があったのだった。
劉大人
このたびはご滞在まことにありがとうございます。
お尋ねのございました香水についての手掛かりをご報告いたします。
お探しの香りは、睡瓏馨のソリッドパフューム「蘭月」である可能性が高いと考えられます。
中二階のスパの向かいにございますサロンにて、商品のお取り扱いがございます。
詳細につきましては誠に恐縮でございますがサロンに何なりとご用命ください。
内線3番で承ります。
コンシェルジュ 呉穆穆
「杖の紳士とのお二人連れをお見かけしておるのだがな、夫人のご愛用の香水が分からぬかと思うてな」
電話口の彼の問いに対して、おそらく
「奥様、失礼ではございますが、ご愛用の香りの銘柄をお尋ねできますでしょうか」
という不躾以外のエレガントな手法で、解答を探りあてたに違いない。
あの二人がいつ帰国するかは知らぬが、とりあえず10時まえから今までの間にコンシェルジュが何らかの用件で自然に接触できたのであろうことは想像に難くない。間に合ったのだ。
彼はフライトモードにしたままのスマートホンを手にとると分厚い指で画面を撫でて、電波を捉える。
いくつか電子メールが着信するが、見ない。仕事のメールはすべて邸に転送されている。
睡瓏馨の公式サイトはすぐに見つかり、天然の植物由来の香料を扱っている香水専門店であることが分かった。
むかし、ある王家に仕えていた薬師と花匠とが協力して、王の注文に応じた枕を作っていたらしきことが発祥だとのことだ。
商品の品質にはこだわりが強い店のようで、ライセンス契約をしているサロンのみが販売を許されている様子である。
「商品一覧」のアイコンを押すと、彼の苦手分野が展開する。
(なんじゃ? ……これは一体)
パフューム、ウォーター、ソープ、バスライン、ベビーライン、ハンド&フット、ルームアロマ等を意味する、彼にとっては「読めはするが全く意味不明」な漢字が展開する。
(皆目わからん)
商品検索窓に「蘭月」と入力して虫眼鏡の図案を押せば、該当の商品に関するページが探し出されるのに違いないが、彼はネット上の店舗情報を見慣れてなどいないので、即フライトモードに戻して検索をあきらめる。
眉根を寄せて、そのような暇つぶしをしていると、湯上りの先生がドアを開ける物音がしたので、彼の知覚の大半は当然、先生へと注がれる。
「さあ、朝飯じゃ。昼飯かもしれんがな」
彼は、ボーイが来る前に既に淹れて、猫舌の先生のためによい加減にしておいた龍井茶を勧めて、先生を卓へ招いた。
彼がベジタリアンミールのほかにフルーツミールを注文するのには理由がある。
ベジタリアンミールは味付けの工夫のために、インド風や中華風の趣向で調理されていることがままあるからで、八角を避ける保険なのだ。
先生は體のつくりが精巧なためか、いくつかの例外を除いて強めの香料は苦手としている。
食品についても、生姜とシナモンは問題ないのだが大蒜と八角はほんの微量でも探知して苦手である。
八角が苦手など全く中国人らしくないが、何か體が受け付けない理由があるのだろう。そのため、絶品の聞こえ高い大漢帝国ホテル桃園飯店の東坡肉を先生とともに賞味することは彼にとって今生ではかなわぬであろうことの一つである。
「ほう、これはなかなか」
白い陶製の蓋付きの方形の容器の蓋を取ると、全粒粉で作ったのであろうか、香ばしい色合いの、コースターほどの大きさの丸いパンケーキと、二等辺三角形の三角定規よりも小さなホットサンドがひとつひとつ紙で半分ほど包まれた姿で整然と並び、白いココットに入った鮮やかな黄色と緑色のディップが仲良く添えられている。おそらく、野菜を裏ごしして作ったものであろう。
容器は重たげで、どうやら皿部分の下に湯を入れて保温する気遣いを添えている。
また、二口三口で食べきれそうなこの大きさには、リビングのソファとローテーブルで摂りやすいよう、口にする者の便宜をよく考えてあることが現れている。カトラリーは備えてあるが、必ずしも用いなくても構わぬこの気楽さは、実に心得ている。
ハニーディスペンサーに満ちている蜂蜜の明るめな色合いが白い食器を引き立て、ガラスのティーポットにはハーブの緑が映え、丸い竹籠のなかにはも豆皿が桃の花のように並び、豆や筍や茸など蒸し野菜を工夫した副菜がほんの少しずつ盛られている。
とくに、葉物野菜を薄切りの蕪で巻き包んで細い葱で結んだ一品が奥ゆかしく和菓子のように趣がある。
フルーツはオレンジとメロンとフルーツトマトがカットして盛り付けられているほかに、林檎とキウイの小さな籠が供されている。ナイフはフルーツ用のフォークとともに白いナプキンできっちりと巻かれて、客が後刻にいつでも新しい食器を使って果物を楽しめるようにと、音もなく控えている。
「美しい彩りでございます……」
まだ温かさが残る白い取り皿を彼から受け取り、先生は口元を綻ばせる。ベジタリアンミールはコールドミールになりがちなのだ。
(食えそうだという意味じゃな)
彼にとってはそれが重要なので、安心してナプキンを手渡して
「さあ、いただこうか」
先生と共にであれば何でも美味なので、機嫌ななめならず満面の笑みを刷いた。
先生にはさらに午睡をすすめ、彼は頃合いを見てサロンに電話を入れてから足を運んだ。
初めて足を踏み入れたサロンという女性的な空間から小さな箱を手に入れてきた彼は、その紙箱を開封する。
蘭月
という篆書を図案化した模様を箔押ししたシンプルな樹脂の容器はピルケースに似ていて、箱に比して小さかった。
彼はこのような類の商品には疎いが、高価な紙に印刷して広告を打つ舶来の香水メーカーが競って趣向を凝らしてデザインする香水瓶とは対極であった。
シーリングを剥がして上蓋を開けても、あまり香らない。固形糊に似た内容物を分厚い指で擦って鼻を近づけると、何と表現したらよいか分からぬ匂いがした。
(あの「かたじけない」藝兒は、こんな匂いがしていたのか?)
と、意外な気がしてならなかった。
サロンのテスターは既に開封してあったので、少し香りが飛んでいたのかも知れない。
時代遅れな中国語を使う小柄な日本人女性は見かけによらず相当な変わり者だったのか、それとも先生の母堂は女らしい甘い香りは好まなかったのか、いずれかといえようか。
(待て待て、少量で遠くから薫らせよと、店の小姐がいうていたではないか)
サロンで確かめた時と異なる気がして、容器を遠ざけて手で扇ぎながら、
彼はもう一度、嗅覚を総動員してみる。
(そこでじゃ。これは大丈夫な線のものか?)
誰にとっても芳しく感ぜられるはずの花の香りについても、先生にとっては百合は一輪で充分、恩賜公園の金木犀の下にある茉莉の花の盛りには、遠くから眺めるだけで近寄ることはしたことがない。
だが、薔薇と梅と梔子とフリージアは可である。
それから、公園管理の当局が時々メンテナンスしているペンキ塗りたての遊具にも近づかない。
苦手系の強い香りに接すると、先生は往々にして数時間後には頭痛を発症している。
とはいえ、たとえばこれが「大丈夫な線」の芳醇なダマスクローズの薫りだったならそれも甚だ不都合である。
何が悲しうて五十路まえの中肉中背の耳の大きな男が、薔薇の薫りなどを発散させねばならぬか。おかしいを通り越して狂気の沙汰となろう。
その意味では藝兒に騙されたと思って試してみるのも悪くはない。
このようなものと無縁な彼は、老眼を顰めて箱の中の添付文書を広げてみたが、あまりに細かい文字で8か国語でびっしりと黒黒と埋まっていたので、いま少しを指に取って、足首に塗ってみた。
サロンでは腰や膝裏を薦められたが、もっと遠いほうがより安全な気がしたのだ。
そのあとは、自分では匂いはよくわからなくなった。いつもと何ら変わらぬように思えた。
日が落ちる前に、またケトルの水が沸騰する音で先生は目覚めた。
朝と違ったことといえば、巣に帰る鳥たちの羽ばたきと鳴き声の向かう方向だった。
それに加えて、磨りたての青墨のような、まだ湯を注ぐ前の西湖龍井のような、老いた白梅の樹の花のような、どれもが和して淡く空間を満たしている心地よさにまた微睡みそうになり、その夢とうつつの中で微かな会話を聞いた。
聲は聞こえぬのというのに、二人が語らっている一字一句がわかる。
“……疲れたであろう。正月から大芝居を打ってしまった”
”我が君こそ、お見事でございました”
”そちも、なかなかであったぞ” (わたくしは、誰?) このような月日が、十余年ほどあったのではなかったか。過ぎ去ってしまえば瞬く間のあまりに短き十余年であったはずで、その歳月はおとぎ話ではなく歴史に似た真実味を帯びて先生の胸を占め、現実の時間を数分止めたかのようだった。 「おお、目覚めたのか」 暮れゆく客室を背景に彼の穏やかなかおばせが近づいて来、懐かしいという一言で表すだけでは足りぬ香りが、彼に付き従ってくる。 (あなたさまは、誰) 先生は、ずっと誰かを渇望していたその思いは父母に対しての感傷ではなく、彼こそがその「誰か」であったのではないかという直感に打たれていた。 彼ではない彼を自分ではない自分が探し求めてやまなかった慕わしさの何百年分もが、一度に天から落ちてきたと感じ、それは紛れもなくかつて自分が綿綿といだいていた感情ではなかったかと、問うまでもないほどにその感情を知っていた。 彼の傍で生きることは自分自身の望みであり、そしてそれは想像を超えた遥か昔に決まっていたことであり、今の世の常識がどうであろうと法律がどうあろうと、覆すことなどできぬ何物かで裏打ちされている直感は、先生の迷いをようやく拭い去ったのかもしれない。 彼が誰であったか、そして自分が誰であったのかを知るすべはないが、誰かがかつて体感した真情をいま同じく共にいだいているに違いないこの確信こそ、目にも見えず耳にも聴こえぬとこしえを信じる根拠に足りると思えばただ世界はうるわしい。 彼はこのような直感を既にどこかから得ていたのか、あるいはこの直感にかわる強い確信を持っているのだろう。 そうでなければ、出会ってから一年も経たぬうちに、繊細でどこか過敏で時に年齢より十年は若い幼さを隠し持つ引っ込み思案な天才ピアニストを、大きな掌のうえで好きなように遊ばせておき、何年も飽きもせず見棄てぬなど有り得ない。 この関係は彼にとって社会的に何の利もないのだから。 先生はいま胸に溢れる直感と真情をただちには生き方に活かすことはできまいが、今後も彼の傍で生きてゆくならば、誰かであった時の自分と今の自分の双方を全うする生涯を送ることができそうだった。 誰かであった時よりも、今の自分が彼によりふさわしい自信はない。 しかし、誰かであった時よりも、今の自分は彼とともに生きることについて迷いが少なくなったであろう自信は湧いてきていた。 「龍井を淹れてこよう」 彼が先生に背を向けると、細い手が脇をまわり、腹のあたりでぎゅっと重なる。いま彼に見えるのは、加齢を主張しはじめている腹部の上で組まれた白い両手の薬指に光るプラチナの指輪の輝きだった。 彼は少しも動じず、温かに手を重ね、おっとりと呼びかける 「いかがした。孔明」 「……お慕わしくて。……父や母さえも及ばぬほどに」 蘭月の添付文書の末尾には、誰もがすぐに忘れてしまうに違いないおとぎ話が記してあったが、彼らはそれを読まずとも今すでに知ったことなのかもしれなかった。 ”蘭月は伝説の香りでございます。 むかし、ある国に王の傍でなければ眠れぬ龍がおりました。 王はその龍を慈しみ憐れみ、王がお隠れののちも龍が眠れるようにと 牀の香りを保つ工夫を命じたといわれております。 この際に考案されたという香枕が弊社の発祥でございます。 一年の気候の変化に香りが移ろわぬように、端月から臘月まで、 微妙に調合を変えた十二種類の香料が存在したと思われ、 今では「蘭月」のみが伝わっております。 この蘭月は、用いる人の体温等と香りを感じとる人の知覚の個人差により、 香りに大きく差分が発生する不思議な香りでございます。 お気に召しご愛用を賜れば幸甚に存じます 睡瓏馨店主敬白” 四君子四題(了)
”我が君こそ、お見事でございました”
”そちも、なかなかであったぞ” (わたくしは、誰?) このような月日が、十余年ほどあったのではなかったか。過ぎ去ってしまえば瞬く間のあまりに短き十余年であったはずで、その歳月はおとぎ話ではなく歴史に似た真実味を帯びて先生の胸を占め、現実の時間を数分止めたかのようだった。 「おお、目覚めたのか」 暮れゆく客室を背景に彼の穏やかなかおばせが近づいて来、懐かしいという一言で表すだけでは足りぬ香りが、彼に付き従ってくる。 (あなたさまは、誰) 先生は、ずっと誰かを渇望していたその思いは父母に対しての感傷ではなく、彼こそがその「誰か」であったのではないかという直感に打たれていた。 彼ではない彼を自分ではない自分が探し求めてやまなかった慕わしさの何百年分もが、一度に天から落ちてきたと感じ、それは紛れもなくかつて自分が綿綿といだいていた感情ではなかったかと、問うまでもないほどにその感情を知っていた。 彼の傍で生きることは自分自身の望みであり、そしてそれは想像を超えた遥か昔に決まっていたことであり、今の世の常識がどうであろうと法律がどうあろうと、覆すことなどできぬ何物かで裏打ちされている直感は、先生の迷いをようやく拭い去ったのかもしれない。 彼が誰であったか、そして自分が誰であったのかを知るすべはないが、誰かがかつて体感した真情をいま同じく共にいだいているに違いないこの確信こそ、目にも見えず耳にも聴こえぬとこしえを信じる根拠に足りると思えばただ世界はうるわしい。 彼はこのような直感を既にどこかから得ていたのか、あるいはこの直感にかわる強い確信を持っているのだろう。 そうでなければ、出会ってから一年も経たぬうちに、繊細でどこか過敏で時に年齢より十年は若い幼さを隠し持つ引っ込み思案な天才ピアニストを、大きな掌のうえで好きなように遊ばせておき、何年も飽きもせず見棄てぬなど有り得ない。 この関係は彼にとって社会的に何の利もないのだから。 先生はいま胸に溢れる直感と真情をただちには生き方に活かすことはできまいが、今後も彼の傍で生きてゆくならば、誰かであった時の自分と今の自分の双方を全うする生涯を送ることができそうだった。 誰かであった時よりも、今の自分が彼によりふさわしい自信はない。 しかし、誰かであった時よりも、今の自分は彼とともに生きることについて迷いが少なくなったであろう自信は湧いてきていた。 「龍井を淹れてこよう」 彼が先生に背を向けると、細い手が脇をまわり、腹のあたりでぎゅっと重なる。いま彼に見えるのは、加齢を主張しはじめている腹部の上で組まれた白い両手の薬指に光るプラチナの指輪の輝きだった。 彼は少しも動じず、温かに手を重ね、おっとりと呼びかける 「いかがした。孔明」 「……お慕わしくて。……父や母さえも及ばぬほどに」 蘭月の添付文書の末尾には、誰もがすぐに忘れてしまうに違いないおとぎ話が記してあったが、彼らはそれを読まずとも今すでに知ったことなのかもしれなかった。 ”蘭月は伝説の香りでございます。 むかし、ある国に王の傍でなければ眠れぬ龍がおりました。 王はその龍を慈しみ憐れみ、王がお隠れののちも龍が眠れるようにと 牀の香りを保つ工夫を命じたといわれております。 この際に考案されたという香枕が弊社の発祥でございます。 一年の気候の変化に香りが移ろわぬように、端月から臘月まで、 微妙に調合を変えた十二種類の香料が存在したと思われ、 今では「蘭月」のみが伝わっております。 この蘭月は、用いる人の体温等と香りを感じとる人の知覚の個人差により、 香りに大きく差分が発生する不思議な香りでございます。 お気に召しご愛用を賜れば幸甚に存じます 睡瓏馨店主敬白” 四君子四題(了)