天府南門橋(十五)

2020/10/24

3世紀長編 天府南門橋

  「軍師。主公がお召しでございます」

 龍は書房の案に向かっていたが、筆を止めて眸を廊へ移した。

 

(腰痛はお取りやめのようだ)

 彼から遣わされた侍従の様子が、いつもの通りにしずしずと礼儀正しいので、龍はそう察して筆をおいた。

 

「直ちに参上とお伝えせよ」

「かしこまりました」

 短い応答ののち、侍従が帰っていく足取りも見慣れたものだった。少しも取り乱していない。

 

 

 龍は座したまま両の手の指先を揃えて頭上を左右から触れた。冠が曲がっていないかを確かめるためである。もとより冠が乱れたことなどないに等しい。

「しばし、行って参る。これが終わったら一休みせよ」

「はい」 

 荊州に残っている兄の馬季常へ送るこまごまとした資料をまとめる手伝いのために、龍の側に控えて働いていた馬幼常は、うるわしい仕草に胸をちくりと刺されている。

 長年仕えて、少しぐらい龍の冠が曲がっていたとて彼は主君として意に介さぬであろうし、目通りを請う前に廊の曲がり角などで歩くついでにしてもよいことであろう。

 しかるに立ち上がる前から必ず冠を正すのは、君恩に馴れぬ軍師の高潔さのあらわれであるとともに、呼びつけておきながら既にそこまで主君たる彼本人がやって来ていることもあるからで、出廬してこのかた色褪せもせず噎せるように濃やかな君寵を感じずにはいられない。

 

 君臣であるという一点をのぞいて、容姿も年齢も性格も、全て釣り合わないように見えるのに、この君臣は何かというと三歩以内の距離で立ち話をし、座って茶を喫し、手を取り合いながら歩き、毎晩のように同じ牀の上で寝に就くのだ。

 

 冠を正そうとする些細な行動から滲み出るものに馬幼常が心を乱していることも知らず、龍は案の上から愛用の羽の扇を取り上げて立ち上がり、廊から空を見上げる。

(いよいよ、我が君は今日、お出かけになる御用が生じるようだ)

 

 朝粥に参上する際にふと見上げた空を覆う雲が予想よりも薄く、青空が今にも透けて見えそうな色をしていたことに加えて、今は小さな青空が数か所現れているので、龍はそう察した。

 

(しかし、兵事ではない)

 と、龍は落ち着き払っている。

 

 これは普段からの天文や観察からの所感というよりも、経験則である。

 

 龍が彼に仕え始めたころ、翌日の天気の予見がやや外れることが時々発生し、内心訝しく思っていたものだった。

  天気の予見が外れることなど隆中に住み慣れてからこのかたなかったため、新野の城に移った当初に内心で驚いていた。

 

 久しぶりの転居であり、環境が変化したので、このようなこともあろうかと受け止めながらも、今後は天候を戦の計算に入れる必要があるため不都合である。

 龍は当然、天候の予想が外れる場合の要件をひそかに調べていた。

 

 戦いの際には天候の予見が外れることはなかった。

 予見が外れる場合は、「予見よりも天気が好転する」という傾向を持ち、主君たる彼が戦いの目的以外で外出する場合であった。

 さすがに、雨天の予見が晴れに転ずることはなかったが、彼が外出する場合の空模様は、大雨は小雨に、小雨は薄曇りに、薄曇りは晴れに転ずるのだ。

 

 天候の予見が三度外れた時にうすうす感じていたことではあったが、どうやら彼は「晴れ」を招く何かを持って生まれた巡り合わせであるらしい。

 

 人の行動が天候にたびたび関与する可能性など、最も信じない種類の頭脳を持つはずの龍であったが、その後も天候と身の回りの事象を考え合わせると、彼が原因であると考えることがむしろ最も自然なので、そう考えることにし、今ではこれを事実として信じている。

 

 

 彼は我が龍を待ちながら

「筆と墨を用意せよ」

 と侍従らに短く命じた。

 

 緩い足取りで廊へ出て

「……さてのぅ……」

 独り言をつぶやいて斑な青空を仰いだ。

 

 思案をしても仕方がないので、早速思案はやめた。

 たいてい、出たとこ勝負で何とかなるのだし、たいてい、我が龍は何事もどこかからか察しているのだ。

 

(許昌のあの男とは、全く違う手を使うて知り得るのだろう)

 我が龍の涼しい横顔を瞼に描きながら、いまや「噂をすれば影」の代名詞となっている乱世の奸雄のかおばせを思い出した。

 

 彼は奸雄を憎んでいるわけではなく、ただ、両雄並び立たずという巡り合わせであったにすぎない。

 

 兵法に通じ、人一倍の野心家である。政治的駆け引きが巧く、土木事業を好み、人材の蒐集は愛好ともいえる。乱世において国を作りなおすような大事に大層向いている男だ。

 貪欲な野心家かと思えば、詩がうまく、書もなかなかいける風流人でもある。小男で迫力に欠けるはずが、周囲に豪の者どもがおとなしく控えていると、逆に凄味が漂う貫禄も纏っている。

 惜しい欠点といえば、美しい人妻に目がない性癖と、ときどき起こす癇癪と、不意な持病の頭痛で突然に数日寝たきりになる点であろうか。

 

 彼は、許昌で囚われの身同然であった頃に、万事従容と振る舞いながらも奸雄をよく観察していた。

 確かに国を統べるに足る男だが、彼が主君と仰ぐには不足であった。

 詔勅を奉じて許昌から離れた日に味わった、ようやく己の人生を再び歩むことを取り戻した爽快感をいまだに覚えている。

 

 それに、おのれが奸雄であったなら、今のこの状況はどうであろうか。

 あの奸雄が今でも未練を持っていることが天下に知られる美髯公を義弟に持ち、あの奸雄が喉から手が出るほど欲しいであろう荊州を領有し、そして臥龍・鳳雛を二人とも従えた男が皇叔などと呼ばれて益州に居るとなれば。

(そりゃ、目障りこの上なかろう)

 彼は片頬で笑った。

 笑えるだけの国力を既に持っている。

 

(あの男のことはよい。三弟じゃ)

 彼は張将軍の愛嬌のある笑顔を思い出す。

 出会ってからこの歳になるまで共に数々の死線を越え、実の兄弟以上の情誼は巌の如く堅牢で、長年醸された美酒のようである。

 

 

 今朝、中庭で剣の稽古にひとり励んでいた時のことだ。

 彼は新野以前の若い頃から、二日酔いの朝を除いて、この習慣を欠かしたことがない。

 五十を過ぎた今でも、鎧をまとい馬を駆らねばならぬ運命に対する覚悟とも諦めともつかぬ心境で、年齢を理由にこの習慣をやめるつもりはない。

 

 数名の侍従が低頭して稽古が終わるのを待つ側へ、遠慮がちに入ってきた一人の男が加わったのを彼は気配で察した。

 この習慣を知っているものは少ない上に、この時刻に中庭に入ることを許される者は限られる。

 

 侍従が差し出す手拭いで汗を拭いてから件の男に声をかけると、果たして張将軍の使い番であった。

 使い番の顔を見た瞬間に、良い知らせと悪い知らせを一度に聞く予感の双方が彼の寛き胸をよぎった。伊達に何十年も義兄弟をしていない。

 「その方ら。今朝は大層心地がよい。儂は、ここで更衣するゆえ、衣装を運んで参れ」

 と、侍従らに言いつけて、それとなく人払いした。

 

 使い番が、まるで戦況報告のように大きな声で話そうとするので

「これこれ、もそっと近う。聞こえておるわい」

 慌てて手招きした。

 

 張将軍が「関平会いたさ」に隠密に帰ってきたことと、罰は甘んじて受ける所存であり、ついては今宵の張府での酒宴にお越し願いたい、という三点を、使い番は暗誦をそのまま繰り返す調子で拱手のまま伝え、悪びれもせず役目を果たした。

 

(……向こうで誰が止めても、聞かぬであったろうからのう……)

 彼は苦笑を禁じ得ない。

 むしろ、堂々と帰ってこようとするところを

「それでは主公と軍師が必ずお困りになります。せめて、せめて人目につかぬように……」

 と、周りの者が跪いた結果の帰還であろうと察せられた。

 笑って応じて、「諾」の意味の返答を持たせてやる以外になかった。

 

 関平会いたさというよりは、関平に関将軍の面影を見たいのだ。

 義理の父子だというのに、関将軍と関平は、佇まいや雰囲気がよく似ている。

 

 そして、できれば彼とも会って、三兄弟が再会したような心地を味わいたいのだ。

 三人の義兄弟のなかで、張将軍こそが、いつでも三人の本当の望みを口にし、行動に移して示すことができる素直さを持っている。

 死するときは共にと誓い合った義兄弟が、今は成都と襄陽と閬中に別れ別れである。

 この境遇に辛抱ならなくなる日が来る前に、時々は目こぼしをしてやらねばなるまい。

 ただこれは彼ら三兄弟の私情であり、公然と黙認を求めることには無理がある。

(かというて、龍の慧眼を晦ますことなど、凡夫にはできぬからのう)

 

 いま彼の頭を占めているのは「いかに軍律をかいくぐらせて張将軍を無事に閬中へ帰すか」である。

 そのためには龍の賢に縋らねばならない。

 

 縋るも何も、漢室復興であろうと軍律違反の隠蔽であろうと、彼の望みは全て叶えようとする龍なのだから、彼は相当に狡い。


(十六)につづく