「されば、どうぞごゆるりと」

 棗陽の龐家の旧家の一室で、龐林は彼ら君臣ふたりに茶を供して退出した。


 今しがた、旧家の門前で馬車を降りた彼ら君臣の様子を思い起こす。

(もしもあの調子で、哥上にも接しておられるとしたら……。確かに近すぎるかもなぁ)


 棗陽では、大きな馬車は目立つので、一人乗りの小さな馬車二台に分乗を勧めて、龐家の旧家へ伴ってきた。


 馬車を降りた彼を案内しようと、龐林は低頭して片袖を門の中へ伸べたが、彼は直ちには応じなかった。


 二台目の馬車から降りて、君側に歩み寄る白い賢者を待っているのだ。


 待っているばかりか

「先生 どうぞ」

「いえ。主公がお先に」

と、袖を揃えあって譲りあった後で


「ならば諸共に」

 彼は白い賢者と手を携え、ようやく門内に歩を進めたのだった。


 彼が我が軍師に注ぐ眼差しは濃やかで深く、龍の軍師はその君恩に浴して馴れた様子もなく遠慮がちながら、ときおり眸と眸のみで語らっているらしき様子には、君臣でも親子でも兄弟でもない何かがよぎる。


 かといって、龐林を疎かにする様子もなく、親しみと礼を尽くした彼の言行には、彼と己が君臣であるのか遠い親戚の如きなのか、判然としない心地を感じさせるものがあった。



 龐林がこのたびの役目を受けたのは、実は哥の龐統のためだった。


 ちょっとした公務を口実に「共に釣りがしたい」旨の書簡が来たので、襄陽へ赴いた。


 以前までの哥であれば、哥のほうで適当な用事を作って江を渡ってきては

「息災か」

と、龐林を見舞ってくれていたのだが、今はそうゆかぬようなのだ。


 小さな用務を終えて、真新しい龐府を訪ねると

「若先生! おいでなさいませ。……鳳のせんせえは、そりゃーもー、お待ちかねで……ささ、どうぞ奥へ」


 使用人どもまで府の皆が、龐林を待ち侘びていた様子なので、何事かと思い

(まさかとは思うが、またもや冷遇が始まったりしており、心を傷めておいでなのだとしたら……)

と、心配になった。


 龐統の顔全体の皮膚の上には、陰影も濃き凹凸が多数目立つ。

 流行り病に罹患した痕跡であり、本人の行状や人品と何の関わりもない事というのに、この外見のせいで九割がたの人間は龐統を見誤る。


 この天才は、容姿に関する劣等感を早々に手放し、九割がたの人間が己を見誤ることを利用さえするようにはなったが、それが心楽しいわけではない。


 東呉では、前大都督の美貌を見慣れている呉侯や重臣の前に出たがらなかった。

 彼らの頭と心の中心付近に、東呉で最も美しく賢い名将が常に描かれている状況で、彼らの目の前に居る己が実際以上に見劣りした結果、献策献言の内容のみを重視し吟味すべきだという理性が、彼らからほぼ欠落する、という意味のことを時々言っていた。


(あるいは、また同じような事が)


 たとえば、軍議で臥龍と鳳雛を左右に並べて、結局は龍の言のみ容れるなどという事が、起こっていないだろうか。


(……だとしたら、凹むよな……。慣れてる、とはおっしゃるだろうが)


 打たれ強いことと、凹まないこととは、同じに見えて別儀なのだ。


 むしろ、大きく凹むからこそ、そこで終わるのか、再び頭角を現すのか、人の器量と真価は、凹んだ後にこそ問われる。

 哥の逆境を間近で見てきた龐林には、この道理がわかる。


 龐統の幸いの一つは、実弟が言行を慎むことができる君子であり、己の眼にすら惑わされない賢者であった点にもあるといえよう。


 龐林は「自分は流行り病に罹らなくて良かった」という単純な結論で哥に対して心理的な優位を感じたことはない。

 むしろ龐統の逆境を見れば見るほど、この世への疑問が噴出する。


 外見とは何か。

 よく話もせず、外見だけで人を判断する者が多いのはなぜか。

 なにゆえ人間は、己の目に映る物事のごく一部の一面に大きく左右されるのか。

 一目で人の真価を見抜ける者など、天下に何人おるのか。



 夕刻に龐府へ戻ってきた哥の様子といえば、小走りに客間へやってきて、龐林が「哥上」と挨拶をする前に、龐統は、小さな目を輝かせて

「ああ、よく来てくれた。よく来てくれたな!」

 と繰り返し龐林の両肩の側面を何度も温めるようにしてその喜びようを表していた。


「酒と飯は積んである。夜釣りじゃ!」

と、準備されていた馬車に乗り込んで、兄弟二人は静かな河畔へと出かけたのだった。



「あーーーー。生き返るわい」

 夜釣りの間に何度もそう言っては、その言葉の間に龐統はぽつぽつと近況を語った。


(どうやら、劉営に来たのは正解だったようだな)

 龐林は話の内容に、徐々に安心し、哥が話したそうな事へと水を向けた。

 それが、こたびの事だった。


「ほかでもない。主公をお忍びで棗陽あたりへ遣りたい。……数日、旧家へ逗留させてもらえまいか」


 思いがけない話であったが

「え。哥上の実家ですし。よろしいように」

 何も弟の許可など要らぬのにと、哥の存外に律義な一面を感じていると、さらに意外な話が続いた。


「母屋はもう賢弟に任せておるのだから、差配してもらいたいのだ。頼む」


「いや、驚かせないでくださいよ。当代の皇叔ですよ? ここは、漢室の重臣の家柄である文祥兄こそが適任では? 微力ながら私からも義弟として文祥兄に……」


 文祥というは、龐林の妻女の兄だ。

 その父祖はほかでもない、世祖・劉秀に襄陽侯に封じられた名家である。


「文祥は申しぶんない。だが、あの美しい屋敷は近すぎる」

 龐統は既に考えたらしく、即座に答えが返ってきた。


「賢弟よ。あのな。別に、機会を与える、覚えめでたくなっておけ、ということで話をしているのではない」


 龐統は餌を付け替えて、釣り糸を垂れ直した。

「わたしは主公にお仕えしていたいし、お支えし甲斐のある面白い御方だが、とにかくな、おかしな御仁なのだ」


 自分でもまだ理解できぬのであろうか、誰に対してというわけでもなく、淡く頷きながら言葉を続ける。


「わたしは適当に放っておいていただきたいのに、臣どもが気になって仕方のないお人だ。いったい、ご自身が君で我らが臣だと、心得ておいでなのかどうか、謎だ」


 哥が話している語句は全てわかる。

 だが、その語句が文を成して意味する事に対する理解が、龐林は追いつかなくなってきて、いま全く飲み込めていない。


「数日でよい、主公を安全な所へ、たまには遠ざけたいのだ。調子が狂う」


 臣が君を遠ざけたい、など、前代未聞であるし、矛盾の多い言葉の数数である。


 とはいえ、少なくとも、仕官前の哥の口からは到底出てこなかった言葉が頻出していることには気付き、新鮮な話題である。


 龐林は苦笑して

「安全な所に遠ざけたい、などと。……何ですかそれは。哥上らしくもない。ならば少し距離をおけるよう、哥上ならいくらでも知恵を回せましょうに」


 龐統は、珍しくばつの悪そうな表情をして

「その知恵だが。恥ずかしながら、知恵を回した先が、こたびの事というわけだ」


(どうやら、この哥の調子が狂うほどの厚遇)

 それを察した龐林は、心の中に明るい灯火がいくつか點り加わったかのような心地になった。


(哥上は。

冷遇に対して斜に構えることに、長年慣れておいでだった。

もしかして、突然の厚遇に慣れるのが大変なのではないか)


 そう思い至ると素直に嬉しいのだが、同時に

(まさに、過ぎたるは及ばざるに如かず であるならば、実は東呉の方が良かったのだろうか)

 と、この世というものの加減の利かなさ不都合さに、一喜一憂すべきでもないと、言を慎むことを選んだ。


「しかし我が家はあのとおり、古いですし…」

 龐林が言い淀むと


「古いが、無駄に広かろう。わたしが居た、ほれ、東院の一角だけ掃除して、充てがっておけば充分だ。人手と銀子は前もって遣わす。……どうだろうか」


 龐林はまだ決めかねる。

「でも。いくらお忍びとはいえ。おもてなしの心得もありません」

 このような時に頼りになる妻女とは、先の戦で生き別れの状態の龐林なのである。


「別段、宴も女手もいらぬ御方じゃ。肉も魚も必ずしも必要はない。金のかからぬ、おかしなお人だよ。むしろ、放おっておけ」


「は? 放おっておく? のですか?」 


 哥が暮らしていた東院のあたりを充てがい、宴も女っ気もなく数日逗留するなどという外遊に諾う主君など、存在するのだろうか。

 龐林は全く飲み込めないが、当代の皇叔という彼に対して初めて個人的関心が芽生え始めはした。


『むしろ、放おっておけ』の一言が、必ず龐林の関心を引くと、龐統が見越していたことに気づくには、龐林はまだ若かった。



 東呉の前大都督が病没ののち、哥には暇が出た。

 現在の大都督の魯子敬が、今上の叔父たる彼への仕官を勧め、ちょっとした行き違いを挟んで今に至る。


 仕官前の哥と釣りをしていると

「正直、宮仕えは礼儀作法が煩わしいし、似合いもしない衣冠も御免だし、君前に居流れて、誰かの引立役になるのもバカバカしい。

更にだ。阿呆どもに一から話すことも多くて面倒くさいからな……」

 と、焚火で燗をした酒をやりながら


「かといって、このツラでは押し出しがきかぬし、きいたとしてもな。正直、宮仕えは……以下同文で絶えもせぬ」

と、ぼやいていたものだった。


 また

「魯子敬のような君子は天下に少ない。魯子敬は、外見に惑わされぬ賢さがある。そこは信じるに足るが……」

 と言葉を濁しては


「やはり呉の重臣にすぎぬ。曹営に奔られるよりは劉使君のところへ、という思惑が見え透いておるからな。誰かの思い通りになど、なりとうないわけだ。……ああ、酒が不味くなる。やめよう」

 その後は痛飲ということが何度かあった。


 龐統はこの段階で、彼を劉使君と呼んでいた。

 皇叔の美称を使って話す必要がない、という認識の現れであっただろう。


 前回の夜釣りの時に話したことは、こうであった。

「考えはするのだ。曹営に奔れば、我ら龐家兄弟の両家は、離散を終えることができる」


 龐統と龐林は河畔に並び、互いに、暫く水面にうつり揺らぐ燈火を見ていた。


「……哥上。わが妻子を思い遣って下さるのは嬉しゅうございます。

しかし、哥上が曹営に傾く理由がわれら故であるならば、間違いでございます。私情をもって、哥上の身の振りかたを軽々しくお決めになるものではありませぬ」


 龐林の美点のひとつは、公私の別がはっきりしている所である。

 哥の才は龐林にとって既に公のものであり、哥の去就は天下を左右すると確信している。


「むしろ、哥上の迷いなき選択の先こそに、我が家の再会がついてくると、わたしは信じています」


 哥の才と引き換えに叶う家族団欒など、龐林にとっては思慮のほかなのである。


(立派な奴。お前が長兄であったならな……龐家はもっと安泰であったかも知れぬ)

 とは龐統の胸の裡であるが、さすがに言い出しかねるので言ったことはない


「そうだなあ。それに、曹営に奔ったならば、今度は文祥に顔向けならんか」


 文祥の一族は、家門の誉れから、断じて曹営に降るものではない。

 この時は既に劉営に与して、旗色を明確にしている。


 私情を挟めばきりがなく、八方塞がりである。


 結局のところ、いかなる天下の奇才であろうとも、その都度にただ一条の道を選ぶしかない点ばかりは、万人と同じだ。



(四)につづく