ほのぼのと語らいながら彼らが茶を喫していると、
足音は、会話を重ねながら、斜め後ろの角の卓の方へ移動して
「はい、お酒と、花生、抄手と、燙青菜」
「それと、蒸栗、な」
「あい、合点です。今年のは甘いですよ〜」
常連客であろうか、店の者も慣れた様子のやり取りである。
二階へ上がるとは、彼ら君臣と同じく、
彼は客を見ずに巨きな耳を傾けて、会話を窺った。
「親方ぁ、何かいい街ですね、ここ。ちっこいけど」
「そうだろ」
「それに、もう昼餉だなんて、親方、気前がいいや」
「こいつ」
「へへ」
二人連れの打ち解けた様子は、耳で聞くだけでも微笑ましい。
「……もうすぐ雨になる。雨ん中の道中ってのは、
この会話を耳に挟み、彼は窓から空模様を見あげた。
確かに、雲の色が灰がかっている。
店の前で棋に興じていた老人たちも、いつの間にか散っており、
龍はといえば、今の空模様を見るまでもなく
(本日は……本来は一日中まとまった雨のところ、
と予見しており、
(わが君は、確かに晴天の氣を天運にお持ちだ)
との思いを新たにしている。
彼と共に生き始めてからというもの、
酒と花生と栗が運ばれてきたので、親方と呼ばれた男に、
親方はそれを制して
「好き勝手飲むのが気楽だ。酌はいい。栗を食え。うまいぞ」
おのれで酒器を取り上げて、酒を舐め始める。
「……では遠慮なく………んわ……んめぇ」
「だろ。………おいおい、逃げやしねぇんだから、咽せるなよ」
彼は、蒸篭の蓋を取り、黙然と小刀を取り上げて、
「先生も味おうてご覧ぜよ」
手づから勧めてやった。
結局は、龍の世話を焼きたくなったのだ。
「お相伴に預かりまする」
「うむ」
彼は斜めならず頷き、
また続いて階段を軽やかに上がる足音に続き
「はいはい、燙青菜と抄手ですよ〜」
良い香りと、皿がコトリと卓に置かれる音と、
若い者はまだ少年かもしれない。
「ねえ親方ぁ」
「ん?」
「棗陽っていうわりに、
栗を噛みながら話しているのか、
「ハハ。おめえは棗が一等の好物だからな」
「えへへ」
どうやら男は、廉い花生は自分のアテに注文し、
「でも栗も大好きです。これほんっとにウマい。………
「桑か………」
しんみりした口調で親方という男は呟き、酒を嘗めて黙り込んだ。
「………あれ。親方は、もしかして………。桑、あんまり………
桑が嫌いという理由で、大の男が黙り込むのもおかしな話なので、
「………昔な」
空にはなっていない杯に、少しだけ酒を足して、
「俺が若ぇ頃の話だが。都が、長安にちょっと移ったあとの事さ」
途端に食器の音が止まり、少年が神妙に聞いている様子が、
「イナゴと日照りが酷くてな。どこぞでは人同士、
男の追憶を天も聞いているのか、しとしとと、涙雨が降り出した。
「俺はあの頃な、ほれ、涿県に逃げててよぉ………
「あ、覚えてます」
ふたりは北方人のようだ。
「それでな。あの酷え年はな、秋にも桑の実が実った」
「えっ。桑って。秋になんか」
「そうだろ。妙な年だったからな。あの年は」
少年の箸が止まってしまっているので、
「あの辺に居た俺らは、あのでかい桑のおかげで皆、
「へ………え。もし秋も実ってなかったら………」
「俺はおめえを、拾ってねえな。とっくに、あの世行きだ。
「え。困る。だめですよそんなの」
少年は、もう過ぎた事というのに、
「……おいら、今日から桑の実、一等好きにします」
「ハハっ、無理しねえで、いいんだぞい」
彼は、郷里の年寄りたちがよく話していた北の訛りを、
(そうか。あの頃………
記憶の中のあの桑の大樹を思い出し
(お前のように民を救える日が、儂に来るのであろうか)
何千里も彼方の大樹へ、問いかけずにはいられない。
「………興平も、始めの頃でございましたか」
翡翠の珠が絹布の上をまろぶような風情の聲で、わが龍は問うた。
親方という男が話していた飢饉のことを指している。
「左様………」
彼は茶を喫し、茶杯を置いてから両の袖を正し
「あの頃は。温侯が事で、難続きであったのう」
彼らの寝物語に語られる者は、まず乱世の奸雄、
龍は俯いて彼の茶杯に茶を足した。
白皙に落ちたその長い睫の翳を見るともなく見ながら
「そちは年の頃………十三、四、ほどか」
彼は、指を折るまでもなく言い当てた。
「はい」
わが龍が、今上と生年が同じであることに気づいてから、彼は
「してその頃、そちはいくつであった」
と聞かなくなった。
(八)につづく