襄陽秋水 (完)

2025/02/24

襄陽秋水

 ──御心の中には、深きお嘆きと……お悲しみが……

龍は、日ごろ限りなき君恩に浴し、心が翳る時ですらも、彼と共にありさえすれば生きられるという実感に、たびたび救われている。

それは彼が、天与の底なしの懐の深さを備えているうえに、彼の天性が人を活かすことに長けており、そして彼の人柄が慈悲深く穏やかであるがためだと、龍は考えていた。

しかしながら、人の心の中とは斯様に容易く理で解き明かせるはずもなく、彼のような底なしの懐の深さは、その深さ以上の冥闇を知らねば、養われぬものなのかもしれない。

演奏を止めて、わが君、と呼びかけてしまいたい衝動を龍は堪えて、琴が望むままに弾じ続けた。



幽谷の対岸の婦人は遠い目をしていて、彼の姿は見えていないようだった。

おそらく婦人は実在せず、彼が心の中でかりそめに作り上げた姿を、彼自身が見ているに過ぎないのだろう。

その証に、対岸の婦人は、 母が口にするであろう言葉も、 茶店の婦人が言うであろう言葉も、何ひとつ語らない。

動く畫を、彼がただ傍観しているか如き眺めであった。


遥か遠くで鳥が啼き、さわさわと周囲の木々が揺れてさざめく。

爽やかな風が渡り、辺りが春のような温もりを含み始める中、彼の巨きな両耳は、のどかな歌声を遠くに聴いた。

はじめは、歌の内容は分からなかったが、聞き覚えがある歌だった。

──はて、いつどこで耳にしたやら。

と気をとられていると、歌声は迫り来たるというのに、歌っている者の姿は一向に現れない。

耳を傾けていると、耳元でひと際に高らかな歌声が響いた。

…南陽に隠れ居るもの有り 高眠して臥して足りず…

はじめて隆中に赴いた日の往路、竹林の中で農夫が歌っていた歌である。

「臥龍先生が作った歌」だと農夫が言った、あの歌だ。


彼は歌の詞を聞き取るや否や、彼は左右に義弟たちの気配を感じた。

皆、下馬している。
おのれも、的驢の手綱を手にしている感触を覚える。

同時に、少年の頃の自分と、新野で髀肉を嘆いていた頃の自分、そして今の自分が混然として胸に迫る。

どれも己が心のことながら、一度に抱えきれるほどの事ではなく、目に見えぬ力は彼を圧倒した。

目に見えぬものに対して、彼らの剣や刀は、沈黙せざるを得ない。

睨み合いの中で、彼の巨きな両耳は、音曲の音色をとらえた。
それは一条の柔らかな光に似て、彼の心に届き、沁み渡る。

(待て。儂は……琴を聴いていたのではなかったか)
思い及ぶと忽ちに、夢の中でこれが夢だと醒めるに似た直感が稲妻のように走り、双眸を開いた。



目の前には、琴を奏で続けている我が龍の姿があった。

その静けき姿は、仙境から舞い降りた人の身にあらぬ人のようで、我が謀臣であることを忘れさせるほどの清らかさに満ちていた。

たとえば、親と子の軋轢や愛憎など、遥か彼方へ遠のくほど、眸も心も奪われるほどの佇まいである。

彼がさきほど目を見開いたのは、俄に沸き上がった混然の中で、このあと我が心をどう定めて、いずれの道を択ぶべきかと、寄る辺を求めたためもあったのかもしれない。

目をあければ、寄る辺はあった。
(ああ、儂の望月)
我が龍の姿は、満月の光のように彼の心を照らし、琴の音は彼の心を和らげる。


彼が、己の心の一隅に、母絡みの縺れた暗がりがある事実を直視でき始めたのは、最近のことである。

この世と いうところは 同一の事実のもとに 人に従っていくつもの真実があり得るところなのだ

彼の母から見た場合、彼と母の間には、何の縺れもなかったのかも知れぬ。

問うたことなど一度もないが、もしかしたら 母の側から見れば、 彼という 一人息子を、立派に育て上げたと自負しているかもしれない。

心の中の、少年の頃から綿々と蟠る縺れを解こうと試みることは、もしかしたら彼の一方的な思いかもしれないのである。


彼の母にしてみれば 、妙齢の頃によりによって没落した 劉家との縁談が持ち上がることや、その後に 若くして 寡婦となり、幼な子を育て上げるという運命を辿ることを、初めから承知した上で彼の母になったわけでもあるまい。

かと言うて、母の運命さえ、我が子に一日でも早く漢室に有用な人物として世に出ることのみを求め、一切の甘えを許さず厳しく育て上げ、その結果、我が子の心の一隅に 生涯解けぬわだかまりを 抱かせるに至った事実を、やむを得ぬことと看過してよいほどのものでもあるまい。

もしも 彼が今 母を許したとしても 詮無いことなのだ 。
なぜなら、この縺れを解けるのは、あの頃の若かりし母のみであるのだから。

 年老いたであろう母が今、彼の心の中の縺れと蟠りに気づき、厳しすぎたことを彼に謝ったところで、 埒もない。 

彼が許したところで、彼の心の中にいる幼き彼は
「このおばあさんは誰 。 どうして おじさんに謝っているの」
 と 怪訝な顔をするのみであろう。

彼の心の中の幼い彼に対して 彼自身も 彼の老母も 、既に如何ともし難いのである。

どうやらこの世とは、多くが黒白つきかねる、そのようなところらしい。


漢室の中興が、果たして単に彼の母の唯一の望みであったに過ぎないのか、それとも、いつの頃からか、彼自身の宿願となったのか、実のところ今でも分からない。

人は皆、生まれいでて生涯を終えるまで、幾たびも心に闇を宿さずにはいられない。

さらに、誰しもが心の闇に望月を得ることができるわけではない。
人の心に齎される暗闇を払うことができぬなら、いまの世を覆う戦乱だけでも何とかならぬものか。

この思いは、疑う余地なく彼の真情であると言え、できることなら一代で成し遂げたい宿願と言えた。

(この世というところは……斯様なところなのだ。斯様なところで、儂らは……)

琴の音は、まるで彼の思考に寄り添うように、緩急をまじえて流れ、秋の夜を澄み渡らせている。

彼は
「孔明」
と、龍のあざなを呼びたくなったが、呼びかけるまでもなかった。

いま、彼ら君臣は、言葉すら遠く及ばぬ思いを通わせ合うており、互いに、この曲が終わらぬことを願うかのような風情は、畫にさえ描き得ぬほどのうるわしさを含んでいた。



彼ら君臣の用に供されている東の客舎の端の植栽の辺りへ、裏庭の方から二人の人影が忍び寄る。

「……楽の音が聞こえて思わず、ってなら、言い訳にならぬこともないだろ」
「そりゃ、思いつきだ。行こう行こう」

と、やってきた二人は、昼間に寝所を整えに来た家僕らである。

昨夜に使った形跡のない軍師の寝所の敷布を換えるべきか否か迷っているうちに雨が降ってきてしまった。

心の中の「奥方様」と相談して、使っていないと見られる敷布に火熨だけかけることにした。

家僕の中で最古参の蘇師に聞いてみても
「あー…。なるほど。奥方様はたぶん、それで良いと仰せになろうよ」
と、同感を得たので、家僕二人は意を強くしたが、雨が上がり、日が暮れて月がのぼるにつれて、自信がなくなってきたのだ。

気になって仕方がない。

家僕二人は、植栽の間に身をひそめるようにして、琴の音と明かりが洩れいずる方をそっと見守った。

ややあって、琴の音は余韻を残して止み、主君と軍師は何事かを語り合っている様子で差し向かい──まるで、二人だけの世界がそこにあるようだった。

主君と軍師が立ち上がったので、家僕二人は少し身を屈めて、目の他が植栽の蔭に全て隠れるように注意した。

君前を辞去した軍師が、自分の客房に帰って安眠する様子を見届けるためである。

だが、龍の軍師は、一向に廊を巡らない。
巡らないどころか、廊にさえ出た気配がない。

見失ったかと、慌てて視野を拡げて見回すと、主座を据えた東の客舎の灯火は消えて、静まり返っている。

庭には、篝火と警護の兵が直立しているのみである。


「……あ」
小柄な方の家僕が、小さな声を発した。

「ど、どうしたんだよ」
年嵩の方が、吃りながら問い質す。
今更に、何かの不手際に気がついたのかも知れぬと感じたのだ。

「あれって。ほんとにあった事、ての、見ちゃった感じですか。俺たち」
「え。あれ、って。何だよ、あれって」
急き込んで尋ねると、小柄な家僕は意外なことを答えた。

「ほら、あの。いにしえの、襄陽侯さまの夢の話ですよ」
「あー……。そうか。ほんとにあるっ、てだけか。……なんだ」

寝静まった客舎を前に、二人はコクコクと頷き、安心して足取りも軽く、裏へと引き上げていった。


棗陽の者ならば誰でも知っている、昔ばなしがある。

──かつて光武帝が襄陽に行幸した折、近臣の習郁、のちの襄陽侯と共に、同じ寝所に休んだ夜のこと。

劉秀は夢の中で、一対の神鹿を見る。
その神鹿は襄陽の霊山のうえに現れた。
そして後年、その夢のゆかりで山上に一対の鹿の石像が据えられ、さらに寺廟まで造営されたという。

棗陽の者らは長ずるにつれて、いくらでも寝室が用意できるはずの帝王とその近臣が、同じ寝所で夢を見たという話など、現実離れしていると考え、あくまで伝説の一つにすぎないと考えるようになるのが常である。

──しかし。

家僕二人の目の前には、まさにその伝説の光景があらわれたように思えた。

──もしや、我らが君は、光武の帝の再来なのでは。

そんな微かな希望が、小さな屋敷に宿っているかのようで、名もなき二人の民の目に、今宵の月は隈なく亮るかった


襄陽秋水 (了)