翔の国の君主さまと、君主さまがご寵用の聖軍師である
わたしの先生は、秋の夜長に、
お部屋に籠もって、何かをしておいでです。
最近、劉備さまは、目がお疲れになるとよくおっしゃいます。
戦乱が治まり、毎日書類をご覧になるのがお辛いようなのですが、
先生に丸投げにしたりしないところが、また、翔の民に慕われる
所以なのだと思っています。
晩年の父から、眼精疲労には菊茶がよいと、
よく聞かされて淹れていたので、
今宵もお休み前にお勧めしようと、
こうして、お茶を運んできました。
なんだか、扉の向こうの空気が、いつもと違います。
いつもなら、先生と世情をお話しになりながら、
快活な笑い聲を発しておいでなのに。
今日は、何だかひそやかに、細心なことをなさっているような。
「孔明。お前は初めてなんだから、いくら天才でも、
そう簡単にぬれるもんじゃない。俺に任せておけ」
……濡れるって、一体、何がでしょう。
思わず、息をひそめて扉の向こうに聴覚を傾けてしまいます。
お茶のお盆が傾かないように注意しなければなりません。
「……でも……。私も、したいんです」
「困ったヤツだなぁ。……じゃ、蓋とってみ」
「えい」
「あーっ、新しいから、気をつけろ。きれいな手を汚すなよ」
「……きれいは、余計です」
「そんなこと言ったかな」
「おっしゃいました」
「よしよし、俺が手伝ってやるから……肩の力を抜いて」
「…こうでしょうか」
「お前の可愛い足からいこうか」
「可愛いは余計です」
「そうそう……上手い、上手くぬれたじゃないか。その調子だ」
ハッ、なりゆきで立ち聞きしている場合ではありません!
もしかして、もしかしなくても!
先生の貞操の危機っ?!
もうとっくにと思っていましたけど、なんと今ならまだ間に合うかも知れません!
女は度胸よ、さあ、おひい様のように!
「御免くださいっ!」
バターンと、派手に扉を開けてお邪魔しました。
叙情的な秋の夜のお部屋に漂うのは、
金木犀の甘い香りではなく、揮発性のある刺激臭すなわち
プラモデル塗料特有のシンナー臭で。
なんだかくらりと揺らぐ視界の向こうに、
上手にマスキングした
Re-GZのプラモデルに着色する筆を楽しげに執る先生と、
後ろからその手を、嬉しげに包んで指導しているらしい
劉備さまのお姿がチカチカと瞬きました。
「あっ、月英さん! マスクをしないと……!」
「やはり孔明の言うとおりに、水性にしておくべきだったか」
「劉備さんっ!早く換気を!」
翔も、君臣そろって余暇にホビーができるほどに、
平和なことを喜ぶべきでしょうか、おひい様……。
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わたしの先生は、秋の夜長に、
お部屋に籠もって、何かをしておいでです。
最近、劉備さまは、目がお疲れになるとよくおっしゃいます。
戦乱が治まり、毎日書類をご覧になるのがお辛いようなのですが、
先生に丸投げにしたりしないところが、また、翔の民に慕われる
所以なのだと思っています。
晩年の父から、眼精疲労には菊茶がよいと、
よく聞かされて淹れていたので、
今宵もお休み前にお勧めしようと、
こうして、お茶を運んできました。
なんだか、扉の向こうの空気が、いつもと違います。
いつもなら、先生と世情をお話しになりながら、
快活な笑い聲を発しておいでなのに。
今日は、何だかひそやかに、細心なことをなさっているような。
「孔明。お前は初めてなんだから、いくら天才でも、
そう簡単にぬれるもんじゃない。俺に任せておけ」
……濡れるって、一体、何がでしょう。
思わず、息をひそめて扉の向こうに聴覚を傾けてしまいます。
お茶のお盆が傾かないように注意しなければなりません。
「……でも……。私も、したいんです」
「困ったヤツだなぁ。……じゃ、蓋とってみ」
「えい」
「あーっ、新しいから、気をつけろ。きれいな手を汚すなよ」
「……きれいは、余計です」
「そんなこと言ったかな」
「おっしゃいました」
「よしよし、俺が手伝ってやるから……肩の力を抜いて」
「…こうでしょうか」
「お前の可愛い足からいこうか」
「可愛いは余計です」
「そうそう……上手い、上手くぬれたじゃないか。その調子だ」
ハッ、なりゆきで立ち聞きしている場合ではありません!
もしかして、もしかしなくても!
先生の貞操の危機っ?!
もうとっくにと思っていましたけど、なんと今ならまだ間に合うかも知れません!
女は度胸よ、さあ、おひい様のように!
「御免くださいっ!」
バターンと、派手に扉を開けてお邪魔しました。
叙情的な秋の夜のお部屋に漂うのは、
金木犀の甘い香りではなく、揮発性のある刺激臭すなわち
プラモデル塗料特有のシンナー臭で。
なんだかくらりと揺らぐ視界の向こうに、
上手にマスキングした
Re-GZのプラモデルに着色する筆を楽しげに執る先生と、
後ろからその手を、嬉しげに包んで指導しているらしい
劉備さまのお姿がチカチカと瞬きました。
「あっ、月英さん! マスクをしないと……!」
「やはり孔明の言うとおりに、水性にしておくべきだったか」
「劉備さんっ!早く換気を!」
翔も、君臣そろって余暇にホビーができるほどに、
平和なことを喜ぶべきでしょうか、おひい様……。
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