五行アレンジの5題(4) 南海

2007/01/30

21cパラレル(五行アレンジ) 劉公叔の物語(21世紀)

内視鏡手術の技術の進歩と、華院長の「神の手」で、術後の経過も良好、一週間前後で退院してしまったとはいえ、彼は腹を切って、胆嚢を摘出して、縫ったことには変わりはない。

延ばせない、断りきれない仕事だけ、時には杖をつきたいほどの體を、騙し騙しに引きずってこなしながら、常山の好漢が遣り繰りして、ようやく捻出した夏休みに、劉家の一行は、静かな小さな南の島へ、静養に出かけた。

白い砂浜に、大きな帆布のビーチパラソルを広げた影の寝椅子に、UVカットの長袖を羽織らせた、薄着の先生を座らせ、
「儂は、腹に風を当てたほうがよかろう」
と、彼は日に近い方の椅子に寝そべって、まだ縫い痕も赤く生々しい傷を晒して、波打ち際に遊ぶ子息を見るともなく見たり、珊瑚礁の島ならではの、穏やかな波の寄せ引きの音を微かに聞いたりしながら、彼は體を休めていた。からりとした空気が、心地よい。

三時ごろ、ガラスに氷が触れる涼しげな音が近づいてくるのが、彼の巨きな耳に届いた。
ホテルのカフェが、トロピカルジュースのサービスを浜辺まで出張してくれたので、遊びに夢中の子息を、彼は大きな聲で呼び寄せた。
「禅よ、どれがよい」
「えーっ、どれも美味しそうです」
「決めかねるか?氷が溶けてしまうではないか。父が先に選んでしまうぞ」
ウエイターが気を利かせて、少し多めに置いていった色とりどりの、背の高いグラスの数数を見て、子息は目移りしているようだった。
「あーっ、待って、待ってくださいー!
 この白いシュワシュワのと、オレンジ色のと、迷ってるんです」
「そうか、では儂と半分にするか」
「えー、でも、先生はきっと、この白いの、好き・・・かなぁ、って思って」
「禅さま、お好きなものをお選び下さい。子供のうちの特権です」
先生は、濃いサングラスを額の上へ滑らせて、白い貌に、眩しい笑みを浮かべる。
「子供のとっけん?」
「そうですとも。何事も子供と女性は、優先です。大人になってしまったら、後回しでございますよ」
父子ふたり、首を揃えて、先生の優美な口元に見蕩れてから、互いに我に返り、
「そしたら、この白いのを先生と半分こします!」
瞳を無邪気にキラキラと輝かせて、子息は父である彼へ宣言した。
「禅さま、良いのですよ、お好きなものをお召し上がり下さい」
「だから、先生と一緒に白いほうを飲むの」
「これ、禅、なぜそうも孔明を誘うのだ」
「だって、先生は何でも、薄い色のとかが好きな気がするんですもん」
「ならばこれは、孔明に譲ればよいではないか」
「父上、『子供のとっけん』ですっ」
「特権と、な」
「・・・先生は、白いの、嫌いな感じします、か?」
小首をかしげて、斜め下から、少し不安げに大人を見上げる、子供の無意識の必殺技の前に、
「いいえ、よい香りが、気になりますよ」
と、先生は覚えず、ジュースよりも甘そうな微笑みを返すばかりである。

「何の味、かな?薄いカルピスソーダみたい?」
「茘枝、でございましょう・・・炭酸はおそらくラムネです、そしてこの後味は」
「先生、もっといっぱい飲まなきゃ、美味しくないよ」
などと戯れて、ストローを仲良く二本挿したトロピカルジュースを先生と鼻先が触れ合わんばかりになりながら、子息が飲み干してゆく過程を、彼は横目で眺めて、
(禅め、いつの間に、色気づきおったか)
と、知らない間に、大人の階段を一段または先生の出現によってなのか、一段抜かしにして登りかけているらしい子息と、しかも、其の我が子に妬いているかのような己に、彼は内心の苦笑を禁じ得なかった。
「ごちそうさまでしたー!おいしかったです!」
満面の笑みを浮かべて、子息は、波打ち際に待っている常山の好漢が、投げかけてくるビーチボールへと、元気よく走り去った。

無邪気そうな後姿を見送りながら、彼は先生に囁く。
「孔明よ」
「はい」
「何と見る」
「恋に恋する、お年頃でございます」
「それだけかな」
彼は、溶けた氷が透明な上澄みを作りかけている、余分のトロピカルジュースを大きな手に取ると、
「今のあれは、確信犯であったぞ。父の目は節穴ではない」

そう断じてから、徐にストローを二本挿して、先生に差し出した。


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