五行アレンジの5題 (5) 牀上

2007/01/30

21cパラレル(五行アレンジ) 劉公叔の物語(21世紀)

このおとぎばなしは、大変ぬるいですが後半部に若干の微エロな表現を含んでおります。
  心身ともに大人のおねえさまのみご覧ください。



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南の島の日没は遅く、日があるうちに夕食も済んでしまい、窓際の、少し硬めの、正方形の広いデイベッドで、潮騒を聞きながら読書をしているうちに、先生は浅く寝入ってしまったようだった。

双眸を開けるまでもなく、いつのまにか、彼が傍にいて、タオルケットを掛けてくれていた事に気がついた。

「寝込みを襲うほど、儂は好色漢ではないよ」
先生の身じろぎに、目覚めたことを察して、彼は冗談を言いながら、頬をつついてみた。
デイベッドの、柔らかな白い天蓋を全部ほどいたのは彼なのだろう、日が落ちれば眩しくなってくるはずの部屋の照明を遮って、ほんのりとした明るさの中で、先生は隣に寝そべる彼の貌をみとめた。
「よう眠っておった。日差しに疲れたかな」
「あっ・・・わたくしの方が、 お具合に注意せねばなりませんのに」
彼の、胆石の傷のことを、先生はすぐに気遣う。
「よいよい、そなたの貌が、薬なのだよ」
心配しすぎだと言いたげに、彼は先生に穏やかな笑みを向けた。
「お痛みになりませんか」
「あの、麻酔の切れたあとよりは、ずっと良い。そう案ずるな」
と、彼は、今日二度目の「おはよう」のつもりで、先生の白い額に淡く口づけをして、先生の転寝の習慣には、色々と口実が増えて好ましいことだと、内心思いながら、
「以前も言った気がするがな、 雑踏ですら、そなたは人の目をひくのだ。毎日ともに暮らして居たなら、尚更であるぞ」
半分、惚気の様な繰言を言って聞かせる。
「禅さまのことは、ご心配には及びません。誰しも憧れはいだくものです」
「そうじゃ、そして、立ちはだかるのも、父の務めであるから、 手加減はせぬよ」
「公叔、おとなげございませんよ」
先生が、くすりと笑って、一向に意に介さないので、彼は少し不満げに、
「結構だ。初恋に試練はつきものだと、教えてやろう」
と、息巻いてみせると、先生は思いがけないことを口にした。
「憧れているのは、御父上に、でございましょう」
「儂にか?」
「きっと、御父上の真似を、なさりたいのです」
少食な先生が食べきれない量の三時の菓子や、食後の果物などを、時々、半分にしていることなどを、我が子に羨ましく思われていたのだろうか。
だが、それは、あくまで先生の目に映った子息であって、彼にとっては、トロピカルジュースを巡る攻防は、明らかに、鞘当て以外の何物でもなかった。
「それは、困るな。たとえば ・・・斯様なことは、子供には早すぎる」
「ぁ、いけません、お傷に障ります」
「華先生の許可は、得ておるぞ」
天才外科医の名を聞くなり、先生は白い貌を、たちまちに上気させて、
「そ、・・・のようなことを、お尋ねになったのですか!」
珍しく声を強めて、彼を詰った。
「もちろんだとも。静養中の注意というやつじゃな。大事なことじゃ。しかし、”誰と”などとは言うておらん」
悪びれもせず、けろりと応える彼の様子を見て、先生は、冗談なのかどうかも然て置いて、やはりしばし絶句した。
「・・・意地悪な、御方です。あなた様という御方は」
彼は、かわいらしく拗ねる先生の機嫌を取るように、白い手を握って、
「そなたの貌が薬と、言うたであろう。 嘘ではないぞ、意地悪とは心外な。
 ・・・薬は、甘ければ尚良いではないか」


胡坐座の膝の上に抱き上げられたまま、背筋を口髭の感触で擽られ、骨太な長い両の五指に、白い頸も薄い胸も、細い腕も、滑らかな脚までもを、恣に探られ続けて、先生は、彼の腕がなければ、とうに白い敷布に伏してしまっているほどの眩暈と動悸の中に居た。
そうしている間にも、背後で護謨の入った袋を破る乾いた短い物音を聞かされて、名を呼ばれたところで、先生は、嫌嫌と、ほそい頸を振った。
斯様になことは初めてなので、怯えているのかと、
「これ、案ずるな、優しう、してつかわす」
耳元で甘く囁いてやるが、どうも先生の様子がおかしい。
いつもよりも頻りに、彼の名を悲しくなるほどの聲音で呼んで、
”怖い”
と、かすかに聞こえた時には、腕に、先生の涙が降ってきた。
「どうしたのだ・・・嫌か」
彼は少し当惑しながら、
(確かに、いささか下品であったかもしれん)と、反省する。
先生の貌を見ようと、肩越しに覗き込んでも、
ふいと、あちらを向かれて、表情すら見せてもらえない。
「怒ったのか?」
それにしては、彼を押しのけて寝台を降りてしまうような行動に出るわけでもなく、白い項に、まっすぐな黒髪をひと房だけ伸べて、シーツを手繰り寄せて、うつむいて震えている。
「言わねば、分からぬではないか」
彼は、ずるずると居去って、俯く先生の前に回りこむ。
先生は、やはり泣いていた。
「ああ、怖かったのか、すまぬ、年甲斐もないことを」
まるで人見知りする仔猫に対するようにゆっくりと抱き寄せて、薄い背を擦ってやった。
彼にしてみれば、傷口に楽な姿勢で長い時間をかけて、どこもかしこも存分に愛でることも、先生の、か弱い背も甘い聲も、たっぷりと味わうことができる、
そして、まだ癒えない傷跡を先生に見せないで居られる、必然のひとつの成り行きだったのだが、物慣れない先生には、早すぎたのかもしれない。
しかも、退院してから、ずっと慎んでいた為か、先生は、まるで振り出しに戻るように、過敏になってしまっているとも見えた。
「いま少し、慣れてからにいたそうな、儂が悪かった」
シーツを捲って、先生の涙を拇指で拭うと、仕切り直しをすべく、濡れた眸元に唇を寄せようとした。
「・・・そうではございません」
先生は、怒ってはいないようで、彼の寛い胸に素直に縋って、ようやく重い口を開いた。
「お貌が見えないのが、・・・怖いのです」
慣れの問題ではなく、どうも、あのような形に抵抗があるようだ。そして、たとえば、彼が悪趣味な行状に及ぶような疑いをいだく気持ちから発する恐怖ではないことを、誤解を招かぬように、注意深く言葉を選んで伝えた後に、
「・・・もし、あなた様でなかったとしたら、わたくし・・は」
考えただけで恐ろしいように、先生は彼の腕のなかで、また小さく震えて、握り締めたシーツの皺の数を増やす。
「有り得んことだ、なぜ怯える」
一笑に附しながら問うと、先生は、黒髪の間から項を露すように俯いて、白い指先を曖昧な高さでためらわせた。
答えはあるくせに、何かが邪魔をして、言い出せない、先生の癖だ。
「言ってご覧・・・怒ったりはせぬよ」
これは聴き出したい、と、彼は直感して、其の手を握り、しっかりと抱きなおして涙の残る眸元に唇を落としながら、巨きな耳を欹てて促した。
「・・・有り得ないことを、怯えるほどに・・・ わたくしは、もう、」
先生は、続きを言えずに、そのかわりに涙に揺れる双眸で彼を見上げた。
「自惚れてしまう、ではないか」
(この天才は、儂の理性を、眸をめぐらすだけで、いとも容易く)
彼は、もう揺さぶられている己を叱咤しながら、
「斯様にしたいと、我慢のできぬ儂を、許してくれているだけであろうに、そなたも、望んでくれておると、勘違いをしてしまうぞ」
努めて、おっとりと、腕の中に囁きかけながら、其の實、傷痕が疼くほどに、心拍数は上がるばかりである。
「・・・お許し下さい」
「答えに、なっておらぬぞ」
もう充分に分かった癖に、鈍感を装って、彼は意地悪く問い詰めてみた。
『有り得ないことを怯えるほどに』の続きを、彼は巨きな両耳で、この天才の唇から、はっきりと聞きたくてたまらない。
腕の中で追い詰められて、先生は身を竦めると、
「はしたないことを申し上げて、・・・あなた様に嫌われとうございません」
また「お許し下さい」と繰り返してから、
先生はおずおずと、聞き取れないほどの聲で、まるで独り言のように、縋るように彼の名を呟く。
たとえば、邸で一人で居るときに、そのように彼の名をときどき呼んでいるのではないかと思うような、切ない慕わしげな聲音で。
(ああ、この天才め)
答えを得る前に、彼のほうが陥落してしまった。
「これ、そなたこそ、勘違いをしておるぞ」
え?と、緊張を解いて無心に見上げてくる先生の
白い耳のすぐそばで、
「そなたは、もう少し、はしたないぐらいで、丁度よいのではないか」
彼はすかさず、白いシーツを軽く叩いて続けた。
「特に、この上ではな」



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