七曜で7題  Thursday

2007/01/30

21c(パラレル七曜7題) 劉公叔の物語(21世紀)

日の長くなったある平日の夕方、彼は珍しく用務が早く終わる日であったので、
我が家で夕食を摂る幸せを味わっていた。

「ぷはっ、家の酒はうめーっ! 出先じゃ飲めネエから」
「まったくだ、いつもお前には我慢をさせておるな」
「我慢だなんてそんな、兄者、水臭ぇっスよ……うーん、ちぃっとは我慢してるかな。でも! 劉家のハンドルは誰にも譲れねえんでスから」
「よしよし、もう一杯飲め」
「はいっ、いただきまス。兄貴、常山の、お疲れッス」
「おう」
「はい」
一番賑やかなのは彼の末弟で、次に嬉しそうなのは、まだ小学三年生の、
彼の子息である。
「父うえ、今日は父うえのお好きな鱸で、よかったです」
「うむ、久々に野球などに興じて、腹がいつもの二倍減った」
「カッコよかったです! 足りなかったら、僕のも半分さしあげます」
子息は図らずも、いつもの三角野球に彼をまじえて白球を追い、また久々に、ともに風呂場で汗を流して、『普通のおうち』のような今日が、嬉しくてならない。
普段は、先生と、常山の好漢と、三人で食卓を囲んでいるので、父たる彼と、大柄な義叔父ふたりを加えると、なにやら途端に大家族のような雰囲気になり、
寂しがり屋の子息は、末の叔父と並んではしゃいでいる。
「まずお前がゆっくりいただけ。学校給食ではなかなか出まい」
「父うえよく知ってますね、食いしん坊です」
「はは、お前ほどではないぞ」
「たくさん召し上がれば、わしのように大きくなれますぞ」
「えー、でも、関叔父うえみたいに、お髯まで長くなったら、大変そうだなー。子龍みたいな風がいいなー」
「はは、よう心得ておる。文武両道で男前がよいか」
「……公叔! 褒めすぎです」
「何を照れておる。そのまんまではないか」
「張叔父さん、あまり『おすごしに』ならないように、してくださいね」
「おお? 何だ禅ちゃん、難しい言葉知ってるじゃんかよ。エライぞ!」
「いつの間にそのような言葉を覚えたのだ?」
「えへへ」
「禅ちゃんのおかげで、五臓六腑に染み渡らぁ」
「え? 『ごぞうろっぷ』って?」

きっと先生の育ちのよさが、子息にも影響を及ぼしているのだろう。
教養や立ち居振る舞いというものは、それだけで食えたりするものではないが、誰にも奪われない。墓まで、否、魂ひとつになっても、おそらくあの世まで持ってゆける財である。
「それと、今日は、甘小姐が来てくださったので、きっとデザートもおいしいです」
甘小姐とは、ローテーションでハウスメイドに来ている娘の一人で、特に料理が得意なのである。
子息は、食事時の会話を弾ませながらも、食べこぼしも、ほとんどない。
心なしか、箸の使い方も、ずいぶんと上手になっているようである。ふと、向かいをみると、物を食べているのかどうかわからないような、音も微かに、作法がぴったりと身について少しも堅苦しくない様子で、美しい箸の上げ下ろしをしている先生の姿が映り、
(なるほど、これを毎日見ておれば、というわけであるな)
彼は、内心鼻高々なうえに、感心して、しばし、じっと見とれてしまった。
彼の視線に気づいて、先生は少し俯くと、甘小姐が手作りした辛口のジンジャーエールの、背の高いグラスを、水滴に気をつけながら手にとって、
ストローをゆっくりと揺らして、彼をたしなめるように微かに、氷の涼しい音をたてた。
日々の暮らしにかまけていると
「早く食べなさい」
「早く宿題をしなさい」
「早く寝なさい」
と、忙しい親は子を急き立てるものらしいが、まるで霞を食べているような先生との暮らしは、そのような事とは無縁で、マイペースな子息にとっても、結果的によいことなのかもしれなかった。

「一曲、聴かせてくれぬか」
賑やかな夕食がおわって、皆で食器洗機に食器を運んで茶菓を摂り終えて、
それぞれ寛ぎの時間を過ごしに部屋へ散った後。
立ち上がって、長い腕を差し伸べて、珍しく彼は先生を誘った。
音曲に疎い彼は、曲目をあまり知らないので、このような時、先生は
『何を弾きましょう』
とは聞かない。
先生は、素直に手をひかれながら、彼の大きな掌のあたたかさに、廊下の窓の外の樹木に騒ぐ、まだ眠らない蝉の声も忘れ、
「どのような曲を、弾きましょう」
甘いような視線を半歩後から投げかけると、そう大きくもない邸で、先生の唯一の私物ともいえるような、木目調の、珍しい猫足のグランドピアノを据えた部屋の扉を開きながら彼は応じる。
「そうだな、こう、落ち着くような、静かなのがよいな」

この部屋の床には、籐の敷物と籐の長椅子が置かれ、ピアノには少し不似合いな、亜細亜ならではの夏の装いをしている。
灯りを点灯すると、天井の飾り気の少ないモダンなシャンデリアに取り付けられた四枚羽のファンがゆるりと回転を始めて、一年中、なるべく寒暖差が少ないように配慮されているこの部屋の冷房効率を上げる。
鍵盤の蓋を開けて、柔らかな鍵盤のカバーを折りたたみながら、先生は何を弾こうか思案しつつ、スケールをいくつか戯れに弾き流して即興的なカデンツを続けてから、徐に、滑り出すように、隠れた名曲を奏ではじめた。
曲が中盤にさしかかったころ、彼が、うとうとと、眠っている気配を背に感じた。
(遠くに何か聞こえているうたたねは、よいものです)
たとえば、寝込んだときの、母が台所で包丁を使っている音。
それとも、父がおとぎ話の本を読んでくれている声。
それが自分の演奏であるとは、彼が何か夢を見ているならば、この音色を借りて、夢の中に入ってしまえそうな気さえして、先生はその夢を邪魔しないように、ソフトペダルを踏み込んだ。
曇ったように、音量が落ちる。
(わたくしが、譜面を無視するなんて)
先生は、自分の知らなかった一面に、微かに驚く。
作曲家の意図を再現することも、演奏の最大喜びのひとつで、その瞬間、作曲家は既に故人ではなく、先生の隣にまざまざと不滅の存在として音色の中に甦り、ともに語らうのだ。
だというのに今はといえば、たった一人の聴衆のために、しかも、聴こえているのか定かではない眠っている彼のために、音量を落としてまで、最高の演奏ではなく、最善の演奏を選んで、快いと思われる演奏をしている。
彼のためだけに。
まるで、シャンパンの気泡が、さわさわと立ち上り、ややあって音も微かに静まるような具合に、先生は一曲をまとめあげて弾き終え、余韻を残してから、そっとペダルを戻し、一呼吸して、ゆっくりと眸をめぐらす。

長椅子に凭れて、幸せそうに口元を緩めて眠る彼を揺り起こすこともできずに、先生はそっと椅子の傍に跪いて、このひとときに双眸が潤む。
この世に幸せがあるならば。
心から慕わしい人と、一つ処にいて、食卓を囲むこと。
己が身のためではなく、その人のために生きられること。
楽譜を無視した原因を、そのように感じて、先生は、こぼれそうな嬉し涙を拭おうとした。
「……どうしたのだ」
その前に彼の大きな手が伸びてきて、拇指が頬を撫でた。
「あ……、お目覚めになってしまわれましたか」
「そなたが、泣いているような気がしたのだよ」
居眠りをしていた緩んだ姿勢を正して、先生の細い腕をとって隣に座らせると、
「どうしたのだ?」
と、落ち着いた低い聲音で再びたずねる。
「手を伸ばすまでもなく、ここにある幸せに、……涙が出たのでございます」
「そなたは、心が清いので、些細なことにも幸せをみいだせるのであろう」
それは、既に才能の一つであると、彼は思っている。
「儂など、愚かにも、すぐにその幸せを忘れて、……小童をも嫉視するような、詰まらぬ事をしてしまう。いかんな」
彼は、昼間、明らかに先生に好意のまなざしを向けていた子息の同級生に、三角野球で対抗するという甚だ大人げないことをしてしまったのだった。
そのうえ、ついでに、少年の飼い犬が、先生に懐こうとする隙を伺う様子にまで、がっちりと牽制の示威行動を公然と取ったことを、遠まわしに反省している。
「儂は、お前を、儂の『もの』だと考えたことはない。お前は、誰のものでもない。
お前の心がここにある限り、ここに留まってくれておる、それだけよいし、それだけであるので、おそらくは……時々に、不安になるのであろうかな。年甲斐もないことじゃ」
公園でのあのときの、やや強引な風は少しもなく、緩やかに、遠慮がちに、壊れ物を腕にするように抱き寄せられて、髪を撫でられ、いつぞや、『噂をすれば影』の閣下に絡まれた夜の妬きもちのような感情を彼が全く露わさずに、おっとりと話す聲音に、先生は、深い安心と情感を覚える。
世界中の幸せを、独り占めにしたような気分で、先生は胸が一杯である。
これを言葉に尽くせようはずもないが、
「あなた様を思わぬことなど……一刻たりとも、ございません」
せめてそう囁いて、寛い懐に貌を埋めた。

「世界一のピアニストに演奏をさせて、居眠りができるとは、この世で儂ひとりであろう」
夏の夜の短さを惜しむように、二人は忍びやかに談笑を重ねて、籐の長椅子の上では水曜日であったはずなのに、床に入った時にはもう翌日になっていた。


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