メイドは見た!(9) おやつとヒント

2007/02/13

パラレル「メイドは見た!」

「うーん・・・やっぱり、僕って、作文苦手」

5月の日曜日、小さな中庭に設えてある木の椅子に腰掛けて、
小さな足をぶらぶらとさせながら、円い机に原稿用紙を広げて、
公叔の子息は、宿題に取り組んでいた。

「禅さま、こちらでしたか。おやつの時間ですよ」
菓子作りが得意な、長い髪をシニオンのお団子を結ったメイドが、
スコーンと紅茶を運んでくる。
「わあ!いい匂い。焼いてくれたの?」
ぱっと、小さな顔が、満面の笑みにかわる。
「はい。禅さまが、宿題を頑張っていらっしゃるので、
 わたしも頑張りました」
ちょっとおどけて、ガッツポーズを作って見せると、
「よおし、おやつのあと、僕もがんばる!」
と、子息は部屋の中へ仔犬のようにダッシュしてくると、
ソファに行儀よく座った。
子息は、菓子作りが上手で、穏やかな性格の、
この「甘」姓の娘を、歳の離れた姉のように慕っている。
「国語の宿題ですか?」
「うん。父の日に、おとうさんに作文を書きましょうって」
「まあ、そうでしたか」
(懐かしいわ。定番ね)
紅茶を淹れながら、彼女は思う。
「禅さまは、メイプルシロップと、クロテッドクリームがお好きでしたよね」
好みは変わることもあるので、確認しながら、
スコーンの載った皿の傍の手元に、小さな容器を選んで添える。
「すごーい・・・よく覚えてるんだねえ。毎日じゃないのに」
「このお邸にお仕えして、長いですから」
「ねえ、甘小姐、ながく一緒に居たら、何でもわかるのかな」
「そうですねえ、必ずしもではありませんが、そう考えても良いと思います」
「あのね、父上って、先生と会ってまだ1年ぐらいなのに、
 どうしてあんなに仲がよくて、全部わかってるみたいなんだろう。
 僕は、たとえば先生が、スコーンに何を付けるのが好きか、とか、
 分からないよ、父上よりも一緒に居る時間が長いし、
 僕だって先生のこと大好きなのに」
「あらあら」
分からないでもないわ、そのお気持ち、
と、彼女も思いながら、曖昧な相槌を打つ。
「それで、父上のことを書いていると、だんだん先生のことを書かないと
 足りない感じになっちゃうから、書くんだけど、
 そうすると、父の日の作文じゃなくなってきちゃって・・・」
「うーん、そうですか、そうですね・・・
 あらっ、『腹が減ってはいくさはできぬ』ですよ。
 温かい内にお召し上がり下さい」
「あっ、そうだよね、いただきまーす」
さきほどの憂いもどこへやら、
「おいしーっ!やっぱり甘小姐のお菓子が一番好き!」
と、子息は顔を綻ばせる。
それを、ほのぼのと見つめながら、
「禅さま、もし難しいならば、
 詩のような感じになさってはいかがでしょうか。
 お父上のすてきだなあと思うところを、順番に書き連ねるように」
ふと思いついて、助け舟を出してみた。
内容がだんだんと「父の日」の作文から脱線してしまうならば、
先生のことも含めて、何となく詩のようにしてしまえば
よいのではないか。
「あ・・・そっか、それなら、できるかも」
焼きたてのおやつを頬張りながら、
子息は目を輝かせた。
子息の小さい頃の思い出話や、来たる夏休みに何をしたいか、
今はまっているサッカーの話など、他愛ないおしゃべりに付き合い、
「ごちそうさまでした。あと、ヒントありがとう、宿題、できそう!」
無邪気な笑顔を残して、青空の欠片が見える中庭へ、
子息は勢いよく吹っ飛んでいった。
夕方、退勤する前に、邸の片付き具合を点検しつつ、
各部屋をまわっていると、甘小姐は、日陰になったパティオに、
小さな背が伏している姿を見つけた。
(あらまあ、お昼寝しちゃったのかしら。起そうかしら)
ガラスの開き戸をそっとあけて、
傍に寄ると、完成したのかもしれない宿題を広げた横に、
あどけなさの残る平和な寝顔があった。

「ぼくの父上」    

眼に飛び込んでくる、宿題のタイトル。
低学年らしく、大きな文字で、あの学校の国語教育の伝統で、
2Bの濃い鉛筆書きだ。シャープペンの使用は、高学年でないと許されない。
読まずとも、眼に入ってきてしまう。しかも、そう長文であるはずもない。


 「ぼくの父上」   3年5組9番  劉禅
 
  ぼくの父上は、腕がとても長いです。
 いまはあんまりしないけど、ちっちゃいころ
 高い高いをしてもらうと、天井のライトに
 何度も頭がぶつかりそうになりました。

  ぼくの父上は、耳がとても大きいです。
 はじめて父上に会った人は、耳が大きいのですぐに
 父上のことを覚えているみたいです。

  ぼくの父上は、ハグするのが大好きです。
 ぼくが子供だからじゃないみたいで、
 仕事から帰ってくると、ぼくだけじゃなくて、
 おじ上たちや、いっしょに住んでいるピアノの先生も、
 順番にぎゅっとしています。

  それから、父上は、キスされると嬉しいことを
 ぼくは知っています。
 でもぼくはもう子供じゃないので、あんまりしたくないけど、
 父の日だけは、ほっぺたにしてあげようかと思います。

  でも、しなくてもいいのかもしれません。
 とてもきれいなピアノの先生の、手やおでこや、
 いろんなところに、鳥がするみたいにキスしているのを
 ぼくは知っています。先生が居なかったら、
 ぼくはもっとキスをされていたかもしれません。
 先生にキスしてもらっているかどうかは分かりません。

  もしかしたら、父上は、ちょっとかわった大人だと思います。
 でも、いままで見た中で、いちばん優しくて立派な大人だと思います。
 ちょっとかわってるけど、やっぱりぼくは父上が大好きです。

  大きくなったら、父上みたいになりたいです。
 腕は長くないけど、耳も大きくないけど、
 あんなにキスもしないけど。


(・・・これは、完成なのかしら。続くのかしら、添削するのかしら・・・)

複雑な思いをいだきつつ、起すのは何となく気まずくて、
彼女はクロゼットから厚手の毛布を取り出すと、
子息の小さな背にそっとかけ、この問題作の存在について
常山の好漢の耳に、それとなく入れて、
委ねて帰ってしまおうと思ったのだった。
(何と言おうかしらね・・・こう、さりげなく)