メイドは見た!(10) デザートと名案・・・子息も見ていた!

2007/02/13

パラレル「メイドは見た!」

今日のメイドサービスの娘は、退勤のサインを受けに、
常山の好漢が詰める執務室へ立ち寄ったときに、

「今日は、禅さまが、 午後いっぱい 宿題の作文に、取り組んでおいででした。
 辞書を、お使いでなかったご様子が、少し気がかりでございましたけれど」
と、何か言いたげな微笑みを残して帰っていった。

(誤字でも目に入ったかな)
そう察しながら、しかし、添削は教師の仕事、
間違いを正されてこそ覚えることもあるはずだと、
その時は、それほど気に留めなかったのだが。
土日は特にスケジュールが埋まりやすい傾向の
公叔と、随行する二人の弟は夜も遅く、
休日の夕食は子息と先生と、常山の好漢、この三人で囲むことが多い。
もっぱら、子息の好む話題を楽しむのだが、
自然と、来たる父の日の話になった。
「先生も、小学校の宿題に、父の日の作文って、出ましたか」
「ええ、出ました」
「子龍も?」
「出ましたよ」
「みんな書くんだね。もしかして、甘小姐もそうだったから、わかったのかな」
小首を傾げてから、その甘小姐が、作り置きしていってくれた
デザートのプディングを、ひと掬いする。
「今日の、メイドさんですか」
「そう。うまく書けなくて困ってたら、おやつと、ヒントくれたの」
「それは、きっと、小姐もお書きになったのですよ」
「甘小姐なら、父の日に作文と、お菓子も作ったのかもね」
作文が、不出来なのだろうか。
子息は、自信がないような、曖昧な表情を浮かべた。
「禅さま、公叔は、作文ひとつでも、必ずお喜びになりますよ」
先生が励ますと、子息は、大人ふたりが思いもしなかったことを
口走った。
「うーん・・・。でもね、頬っぺたにキスもしないとだめなのかも。
 父上は、僕はまだ子供だと思ってるかもしれないけど、僕は
 ほんとは、ちょっと照れくさいんだ」
つい1年ほど前までは、当たり前だったようなスキンシップを、
意識してしまっている、早くも「大人の途中」な子息を前に、
大人ふたりは、一瞬、固唾を呑んでしまった。
「どうして父上は、あんな風なのかな、
 お祖母様が、すごく厳しかったみたいだからかな、
 ・・・僕も大きくなったら、あんな風になるのかな。
 父上みたいに立派になりたいけど、あんな風なのは無理かも、
 って、作文に書いちゃった。父上、怒るかな」
大人ふたりを絶句させていることに気付かず、
ぽつりぽつりと語る子息に、先生は内容を察したのか頬を淡く染めて、
常山の好漢は、「あんな風」をどんな風に書いているのか、
公叔の名誉のために、検閲すべきなのか、
それとも無邪気に提出してしまうべきなのか、大いに当惑した。
「・・・先生、どう思われますか」
「子供の自主性を、阻むべきではありませんし、
 わたくしどもは、教師ではなく、しかも公叔は寛容でおいでです。
 ・・・ですが」
大人ふたりは、所在無く、視線を泳がせるばかりであった。
特に、先生は、
��水鏡老師ならば、微塵も動じずに、
 むしろ呵呵とお笑いになって、提出させてしまうのであろう)
と、思えば思うほど、子供という不安定で時に想定外な存在を
見守ることの難しさと、仰げば尊い師の恩を感じずには居られなかった。
「あーっ!そうだ!」
甘小姐のプディングを、つるりと飲み込んだ子息は、
キラキラと、先生を見詰めて、
「ねっ、先生、いいこと思いつきました」
「どんなことでしょう」
動揺を押し隠して、先生は白い微笑を作って双眸を細めた。
「僕と一緒に、父上にキスしましょう!」
「「!」」
先生と、常山の好漢は、瞬きも息も忘れて、子息を注視した。
「な・・ぜ、ですか」
驚きのあまり、乾いた声を発する好漢。
「だって、そしたら、『サプライズ』ってやつになるんじゃないかな。
 僕もそれならできそうな気がする。先生が左のほっぺたで、僕が右」
「禅さ・・ま、」
「僕が左でもいいよ?せーの、で、両側からするの」
「いえ、禅さま、公叔は、わたくしの父ではございません」
「そうです、『父の日』のお話だった筈ではありませんか」
大人2人は、大人の途中の少年の提案に、完全に翻弄されている。
「えー、いいアイディアだと思うけどなあ。
 そしたら・・・やっぱり作文だけになっちゃうかも。
 ああいうのって、場の空気ってやつ?そういうのがないと
 無理なんだよなー。
 ・・・はー、父上は、どうしてあんな風に、普通にあんなこと
 できちゃうのかな、恥ずかしくないのかな」
残り少なくなってきたプディングを、惜しみながら掬って、
子息は続ける。
「『生徒の日』とか、『当主の日』?みたいのとかはないんだし、
 父上は、おとうさんじゃなくても、先生にお返しをされたら、
 『父の日』が、もっと嬉しいんじゃないかなぁー」
 
さすがに、
”御父上にはお返しをしております(稀に)”と、
先生は言い出せるはずもなく、そして、抱き締められた序に
ほんの掠めるほどに唇を寄せられていることや、
誰も見ていないと思っていた、廊下の突き当たりや、
庭の隅でのことなどを、いつの間にか、確りと小さな目に
目撃されているらしき事に、ひやりとした。
(・・・あのような時、わたくしは、公叔以外のことに
 注意が行き届いていないようだ。気をつけなければ)
今から気をつけても既に遅い事に、先生はやはり気付いていない。

そして、常山の好漢は、その問題作らしい宿題と、このサプライズの提案を、
どう対処すべきか、判断に苦しんでいた。
(あの娘の菓子には、まさか珍案を捻り出す隠し味でも、入っているのか)
好漢は、まだ手をつけていなかったプディングの効果に妙案を期待して、
そっと匙を差し入れてみた。

いま、食堂には、大人も子供もなく、大人の階段のぼり中の少年が1人と、
歳に似つかわしくなく純情な人間が2人。