メイドは見た!(6) そのころスイートでは

2007/02/13

パラレル「メイドは見た!」

3月14日、いわゆるホワイトデーの夜、
老舗ホテル「後漢帝國賓館」のホテルマンが、
公叔の投宿で俄かに慌て、旧知の ”姉御”に
SOSのメールを発信した後の出来事。

夜遅くまで、彼女たち・・・メイド派遣会社『錦官城』の、
公叔邸勤務のメイドさんたちは、
精勤のための情報収集および自助努力と称して、
オフレコ用メーリングリストで、賑やかに電波を飛ばしあっていた。
 >ねえねえ、もう、いわゆる「しっぽり」って状況かな
 >そりゃそうでしょー
 >そうだよ、今週から公叔は渡航しちゃうんだもん
 >独り寝の日々。
 >きっと公叔が何度もお求めに
 >案外、先生のほうがおねだりしてたりして
 >うわああーだったら衝撃的。
 >あーっ、どんなに甘いピロートークを
 >昼間ですら、ああですからねぇー
 >アレ以上甘いってどんな?想像できない。
 >殿下、ああ見えて際どいこと言ってそう。

メイドさんたちが、ホワイトデーの夜更けまで
妄想を伝えあっていた内容は、当たらずとも遠からず。


「ひとつ、教えてあげようか」
「・・・どのようなことで、ございましょう・・・」
彼は、先生のほっそりとした軽い體を、片膝の上に乗せて、
右手で腰を支えて、左の手は、ガウンの裾からそっと指先だけを
侵入させて、湯上りの、しっとりとした膚を撫でながら、
平静を保っているふりをする先生の強情さに
低音で ふ、と咽喉奥で笑って、
「今日の装束も、よう似合うておった」
「お見立てが、御よろしいからです」
「皆が、みとれておった。少し、似合いすぎたな」
「・・・それは、御身贔屓というものです」
「そうではないよ。服を贈るというのはな・・・」
「・・・・・   」
耳元で続きを囁かれて、先生は瞬時に耳まで赤らめて、
「・・・ぁ」
と、驚きの声を上げるのが精一杯だった。
「知らなかったであろう・・・教えなければよかったかな」

巷間、『服を贈るのは、脱がせたいから』だといわれている、
なかば深層心理学的な真実のように、言い慣らされていることを
告げて、余裕の表情をして、くつくつと、愉しげに笑って、
「湯冷めをしてはならんから、先に休んでおれ」
と、加湿器が回って、ホテルにありがちな乾燥とは
無縁になったベッドに先生を抱き下ろして、
少しだけ照明を落とすと、お湯を使いに、
あっさりと寝室を後にした。

先生は、このような場合は、眠ってしまっても良いのか、
なんとなく問いかけることも憚られ、其のあと
ぐるぐると難しく考えを巡らせてから、
彼が「お休み」の挨拶をする時には
必ずどこかに、あの温かい唇を寄せる癖を思い出して、
それが無かった以上は、起きているべきであろうと結論した。
邸とは異なる感触のベッドにおさまってから、
今日の演劇の内容を思い起こしたあと、少し退屈して、
リーマン予想を証明するための、
目下の有力論文の粋を頭脳の中で検証し始めて、
難解なところをシーツの上に指でなぞったりしていると、
いつの間にか、彼は寝室に帰ってきていた。
「眠っていても、良かったものを」
という言葉とは裏腹な視線を注ぎながら近づいてきて、
彼は先生の隣に潜り込む。
其の温もりは、今まで先生が頭の中いっぱいに描いていた
美しくも無機質な数式を、瞬く間に一掃してしまう。
この心の揺れを解く公式は、作れるのだろうかと
思いかけたことすら、彼の聲の前には消し飛んでしまった。

「今週から儂は留守をしてしまうわけだが・・・罪滅ぼしに、
 今夜は願いを聞いてつかわすぞ。望みを申せ」
「お願い・・・でございますか?」
先生は、何をお願いすべきなのか、戸惑った。
腕枕、子守歌、お伽ばなし、それとも、お土産?
強いて言うなら、一日も早いお帰り。
「そなたが望むところに、口づけをしてつかわす。 言うてご覧。幾つでも」

聴くやいなや、先生が、きゅっと身を竦めたのが分かって、
彼は、思わず
(なんと、うぶな)
と、また苛めてしまったような錯覚に陥って、苦笑いをした。
言えません、のかわりに、先生は頸を左右にふるふると、
小刻みに幾度も振った。
「酷いのう、儂は、口づけすらも、お預けのまま、
 遠い遠い外国へ、発たねばならんのかな」
眉を寄せて、大きな手と頑丈な指で、白い頬や下唇を辿り、
心底、心残りな表情をしてみせる。

その表情を見て、先生が少なからず動揺して、
どうしたものかと智恵を働かせているのが、手に取るように伝わってくる。
(まったく、かわいい大きな仔猫じゃ)
この白い猫の機嫌を取り結ぶのは難しい。
それはそれは上品で、寂しがり屋なくせに、慎み深く、
繊細で敏感で、強がりで、なかなか、堕ちようとしない。
(そこがまた、かわゆうて、堪らんのだがな)

「そうだな、では、儂が触って、嫌ではないところを答えなさい」
すこし事務的に、遠まわしに、面接のような調子で言ってみた。
回答が欲しい場合は、あまり耳の近くから言葉を流し込んではいけない。
象牙細工のように精巧な耳は、頗る感じやすい。
「・・・・ぉ・・」
「『お』?」
ややあって聞こえた言葉を鸚鵡返しにして、
(「おでこ」、「おなか」・・・むむう、案外に、尻であったら、どうする、儂っ!)
と、彼は内心、盛り上がった連想を逞しくしていたが、
先生の答えは、想定外の内容であった。

「・・・お触れになるところは全て・・・でございます」
語尾が、消え入るようで、貌を隠すように寛い胸に埋め、
髪の間にちらりと覗く項の辺りを染めて、
震えて、待っているように見えた。
「そちは、まこと・・・」
(疎いのか、故意になのか、どちらなのだ)
彼は、くらりと甘く痺れるような軽い眩暈と、
心拍と体温の急激な上昇を感じつつ、乾いた聲で呟いて、
「それだけで、たっぷり1時間はかかろうぞ、覚悟はよいか」
言いながらもう、白い耳朶を舐めはじめている。
「あっ・・お待ちを」
「ならん。もう聞いてしまった。願いは聞き届ける」
いささか、ずれた会話になってしまっているが、
先生にねだらせたかった彼としては、
これ以上の答えがあろうはずもなかった。


>先生ったら、聲だけでオチちゃうクチだったりして。
>耳弱い、とか
>まじめに職業柄、耳ざとそう。
>きっと知ってて、あれこれ言っちゃうんだよ殿下。
>「鍵盤は見ていた・禁断の個人レッスン
>年上の紳士に見初められた若き天才ピアニスト」とかどうかしら
>わー2時間ドラマ?
>ベタなタイトルに萌える。
>昼下がりにやってるよろめきドラマかっつーの(でも見たい)
>ちょっと・・・!レッスンって何の!!
>2時間で済むの?
>今日はスペシャル。4月から月9の枠で連ドラ
>ハイクオリティで録画する。CMカット。
>9時はだめだよ11時以降。
>9時は野球シーズンの試合延長が恐怖
>9時はNG。PTAがうるさい
>てゆーか有料チャンネル
>みんな9時9時って、悪ノリしすぎ・・・


メイドさんたちが、電波の遣り取りに熱中している間、
あれから、ゆうに1時間以上経過したあと、ほんのりと
マシュマロのように柔らかに真似事を交わしただけで、やはり
翌朝、声も掠れて、歩くのも頼りなくなってしまった先生のために、
公叔は、内線電話をとりあげていた。

「もしもし、おはよう。忙しい時間帯にすまぬが、ルームサービスを所望したい」