メイドは見た!(7) おさげちゃん

2007/02/13

パラレル「メイドは見た!」

黄金週。
バカンスの習慣の無い、エコノミックアニマルな日本人が、
祝祭日を寄せ集めて、国家権力でコンセンサスを得たような形の大型連休だ。

その黄金週、公叔邸には、通学する子息と、
その世話をしながら留守番をする
常山出身の好漢の二人しかいなかった。
公叔と舎弟ふたりと、公叔の大事な先生は、四人で日本へ行ってしまっていた。

一週間程度の二人暮しなど
この好漢は慣れていて、渡航する前の公叔に、
経費節減のため、その間のメイドサービスの休止を提案して、
彼も、そうせよ と同意したのだが、
メイド派遣会社の『錦官城』からは、
”せめてご子息がおいでになる朝晩だけでも、お給仕をしたい、
 手弁当でも是非にと、強っての願いが出ております”
と、思いがけず逆に懇願されるような形になり、
「母に先立たれてしまった上は、
 可愛がってもらえるのは嬉しいが、
 ちと、過保護ではないか・・・母性本能というやつかの」
彼は、いささか当惑しながらも、
「無給というわけにはいかん。
 ・・・では、午前中の半日だけ来てもらえ。
 禅の弁当も、お前の昼飯も世話してもらえよう」
と、妥協案を示して、機上の人となった。


「というわけでね、ご令息が学校へいらしたあとは、
 お邸に趙さまと二人きりだったのよぉお、
 ああ、あの幸せな緊張感!」
「趙さまのためだけにランチを作るあの幸せ!!」
アジアンカフェ「古井戸」では、

趙さま大好きなメイドさんたちが、
バレンタインとホワイトデーの惨敗もなんのその、
舞い上がった報告会を催していた。

シフトの都合と、半日勤務であったこともあり、
今回はじめて公叔邸でのハウスメイド的な仕事に加わった娘も、
趙さまお茶会とでも言うべきこの席に、
何となく誘われてしまっていた。

「ねえねえ、あなた、趙さまどう思った?」
「え・・・どうって・・・よく分かりません」
娘は、おさげの長い髪を背に伸べて、
俯いた。
「そっか、おさげちゃん普段は伝統服飾部だもんね」
彼女の特技は裁縫であることを思い出し、
眼鏡っ子がフォローする。
「いいなあ、手芸が得意だったら、
 手編みのマフラーとか、作ってさしあげられるのにぃ」
「あっ、抜け駆け発言!」
「言ってみただけー。ぶきっちょだって、知ってるでしょ」
「はいはい」
「でもねえ、せっかくランチを作っても、
 お給仕させてくださらなかった。絶対」
「帰った後で、レンジでチンだもんね」
「うん。わたしも。
 『耐熱容器に入れてくださいましたか?ありがとうございます。
  さあ、時間です、1秒たりとも無償奉仕はいけません。
  公叔に面目が立ちません。玄関までお送りしましょう』
 だもんなあ。
 食堂の振り子時計が、心底恨めしいよ」
「無情な12時の鐘だよね」
「シンデレラだったらいいけど」
「え・・・。あのう、わたし、お給仕、しました・・・けど」
今まで、場の雰囲気になじめず、黙り込んでいた
おさげの娘が、小声で口を開く。
「「「ええっ、今なんて?」」」
一同、驚愕する。
「お昼ご飯、お給仕しました」
「なんで、おさげちゃんだけ!ズルイ!」
「見慣れないコだから?」
「趙さま、もしかして、三つ編み萌え?」
「あーっ、だったら次から私も三つ編みしてく!」
「ちょっと、声大きいよ。落ち着つこうよ」
今度は、じっ、と囲まれるように、無言で状況説明を要求され、
おさげの娘はおもむろに口を開く。

「ええと、あんまりよく覚えていないんですけど、
 執務室をお訪ねして、『ご昼食の準備が整いました』と言うと、
 労ってくださって、そのあと、おや、という感じだったんです」
”おや、あなたは、この間、仮縫いにお見えでしたね”
”はい”
”急なお願い事でした。きっと、ご帰国後、
 公叔から、あらためて、お労いがありましょう。
 総出で、徹夜なさったのではありませんか”
”いえ、交代で、少しずつ、いたしましたので”
”ああ、飯が冷めてはいけませんね。伺いましょう”
「って、ご一緒に食堂に移動なさると、
 途中で玄関のドア開け放して、
 食堂のドアも全開にしたまま、そのまま窓に歩み寄られて、
 3面の窓も全部全開にして、
 『給仕は結構ですから、話し相手になってくださいませんか』
 って、おっしゃって、ご膳をお出ししたあと、
 椅子を勧めてくださいました」
「なんで」
「うわー、お優しい。言われたい」
「全開ってとこが趙さまらしい」
「うん、口説こうとか、下心ない、って感じ」
「お話し相手なんて羨ましすぎる」
「ねえねえ、何しゃべったの?」
「ええと、先生のことです」
「どんな?」
「お悩み相談とか?」
「んーと、ご心配、みたいな感じでしょうか・・・
 『この間の装束が、どのような装いなのか、私は拝見していないが、
  伝統服飾を手がけるあなたは、どう思われましたか』
 って」
「あーっ、仕事一筋な趙さまらしい!」
「羨ましい。甘くないのに、ジェラシーすら感じる」
「ちょっと、そんな言い方したら、おさげちゃんヒクってば」
「だってぇ」
「続き、聞きたーい」
「ええとそれで、
 『お優しいお顔立ちなのに、却って威厳を感じました。
  普段の先生と違って、ちょっと近づきがたくて、怖いような』
 と、率直にお答えしましら、
 『公叔が仕上がりをご覧の上は、愚問でしたね。済みません、
  本当はとても心配だったのですが、聞けずじまいで、
  つい、あの日お見かけした、あなたに』
 って、爽やかな、そうですね、お兄さんのような感じでお笑いになりました」
「へえ」
「いいなーいいなー」
「妹萌え?」
「ちょっと違うんじゃないの?この流れだと」
「それでそれで」
「『一番に心配なのは、先生の髪なんです。
  何があっても見えませんか。大丈夫ですか』
 っておっしゃって、もう、縋りつくような視線で。
 先生って慕われてるんだなーと思いました」
「え?髪って?」
「オフレコでお願いしますが、僧侶のふりをなさらねばならなくて」
「殿下、コスプレ趣味の疑惑。もしかして尼僧」
「オードリーヘップバーン!」
「姉御、それ古いかも・・・」
「古いってわかるあんたも、なかなかだと思うわよ」
「あっ、バレちゃった」
「ああもう、姉御たちの脱線は放っといて・・・シスターみたいの被るの?」
「ええ、もっと直線的な感じで、装飾的で権威的ですけど。それで、
 『ご安心下さい、先生は御髪をお結いになれますし、強力な髪留めも
  併せて納品いたしました。それから、
  万一ほつれても見えにくいように、帽の裏地は黒にしてありますので』
 と、申し上げると、
 『さすがに、ご念の入ったことです。安心したら、腹が減ってきました。
  いただきます』
 って、五目あんかけ焼きそば大盛り一丁、もりもりと召し上がりました」
「なっ・・・。大衆中華」
「わたし、お料理苦手で。それしかお出しできるものがなくて」
「もりもりと・・・羨ましい」
「目の前でランチを食べていただけるなんてぇ」
「あのう・・・。趙さまって、もしかして、先生がお好きなんですか?
 片思いなんですか?」
「ぶ、あっぶなーい、お茶吹きそうだったよ」
「・・・何でそう思うの、おさげちゃん・・・」
「無い無い。あのかたは、仕事が恋人のようなものよ」
「真剣な眼差しで、心からご心配そうでしたから」
「しかも、何で片思いとか、先生にもう好きな人居そうなこと言ってるの」
自分たちほど、公叔邸のウォッチングに長けている者は居ないと
自負していた面々は、虚を衝かれたように、おさげの娘に注目した。
「見ちゃったんです」
「「「何をっ」」」
「仮縫いにうかがった日に、鏡越しに」
「「「だから、何をっ??」」」
「帽の布を選んでいるとき、映りのよい布を
 見繕うように、殿下がお命じになったあと、
 みんなで一斉に布地の山に向かったのですけど・・・
 姿見が、壁の八角の鏡と合わせ鏡になって、
 見えちゃったんです」
「あの、風水的に、見るからに縁起よさそうな、あの鏡ね・・・」
「はい、その、それで、その・・・、
 殿下が、先生の額にお髭をくっつけてらして、驚きました。
 先生も、お騒ぎもなく為されるがままで、むしろ
 うっとり眸を閉じて委ねてらしたので、ああそうなのかあ、って思って」
「お髭を、って!つまりそれって」
「おでこにキスじゃん!」
「殿下ったら、一人や二人の前じゃなくて、全くもう!」
「見えてない・・・ってことなんだと思う」
「それで、もしかして趙さまの片思いなのかなあ、と」
「・・・おさげちゃん、食いつくとこが違う」
「え?そうですか?」
「普通、そんな衝撃シーン見ちゃったら、趙さまじゃなくて、
 その二人のことで頭が一杯になっちゃわない?」
「でも何だか自然だったので。そのときはドキドキでしたけど」
「ねぇ、メイドの私たちより、チームお針子には、
 ガードが緩いんじゃないのぉ?どう思う?」
「そうだよ!採寸とか、直接お体に触れるわけだし」
「任務遂行上、必要なスキンシップって奴ね」
「いえ、スキンシップではなく、仕事ですから」
「今からお裁縫のお稽古始めようかな」
「でも、お誂えするのは、殿下と先生だけですよ」
「わっかんないじゃない!」
「ああ、趙さまの採寸とか、憧れるう」
「ですから、今までオーダー来てません。
 どちらかというと、お会いできなくなる選択ですよ」
「それは嫌だ」
「でも羨ましい」
「個人的な話なんて、全然してませんし」
「でも妬ましい」
「明日、アタシ、三つ編みして行ってみる」
「わたしも、次回そうする!」
「わあん、ショートカットじゃできない」
「この際、ウィグでもいいじゃん。ファッションって事でさ」
「そうだよ、三つ編み萌えかどうか、確かめなきゃ!」

公叔の帰国後、しばらく、趙さまファンのメイドさんたちの間で、
三つ編みブームが巻き起こっていた裏には、
やや論点がずれた、こんな事情があったのであった。