(21世紀のアジアのどこかの都市で うをは没落貴族 みづは天才ピアニスト)
メトロノームが、乾いた音を立てて、
規則正しく、寸分の狂いも許さず、拍を刻む。
その無機質な拍子にあわせて、
なんとか小曲を弾き終えた彼は、止めていた息を、ほっと吐いた。
彼は、意外にも王室の遠戚である。
さるお方の叔父であるという、まことしやかな噂のために、
「公叔」の異名でとおっている。姓は劉、47歳。
父祖が遺した、こぢんまりとした邸に住まい、
財産をつつましく運用しながらの暮らしで、
幾つかの慈善団体の名誉職も務めている、
そして、裏家業めいた仕事は、一種のネゴシエーションという、
人望の篤い紳士である。
早くに妻を亡くして、後妻も迎えず、いまは子息と、
仕事上の両腕でもある弟分との、4人暮しである。
母親の居ないぶん、父にはできない情操教育をと考えて、
家庭教師の漢学者の推挙で、
子息をピアノ教室に通わせていた。
ピアノ教師は女性である。演奏家は男性である。
この先入観は、いつ、どこから、どのようにして、
人間の脳に刷り込まれるのだろうか。
子息を初めて、先生の教室兼自宅へ連れて行った時に、
彼は軽く驚いた。
孔明先生は、若い、ほっそりとした、男性だったからである。
否、そうであったのに、
「本当は、男ではないのではないか」
むしろ
「人ではないのではないか」と、
挨拶と握手を交わした束の間、疑うほどに、
育ちのよさそうな品の良い物腰、ほっそりとした身体に
ゆるやかに纏う、モノトーンの、裾の長い上着、
曖昧な長さの、まっすぐな黒い髪。
賢そうな額が目立つ白い貌だち、象牙細工のような耳。
陰翳を帯びた深いまなざし、高くも低くもない、翡翠のような聲。
天から舞い降りたようであった。
男性の教師は厳しいのかもしれない、
そして、こういう整った顔立ちの人間は、
自他共に厳しいことが多かったような気がする。
音大を目指すような、才能と努力を要求するかもしれない。
たしなみの一つとして、入門させるには、愚息は不足であるのでは。
これは、あの水鏡先生としたことが人選を誤ったか と、
彼は初対面で、すこし目をこすりながら、気を揉んで、
珍しい木目調の、やや猫足なグランドピアノが真ん中に置かれた、
防音の効いたレッスン室の窓際に据えられたソファに座って、
緊張気味に、オリエンテーションのような
初めてのレッスンを見守った。
二度目のレッスンでは、観察する余裕が生まれた。
先生の物腰はやわらかで、映画やドラマで見るような、
練習不足の生徒の手を叩くような乱暴をするはずもなく、
聲すら荒げもしない。
物語を夢見るような口調での指導、子供を飽きさせない工夫、
子息もよく集中しており、情操教育には、申し分ない。
レッスンの模様を巨きな耳に挟みながら、
壁際に置かれた書架を眺め見る。
横文字の、分厚い、辞書的な書籍や、
公演のプログラム、そして、今まで弾きこなしてきたらしい、
背表紙がくたびれた膨大な楽譜、
クラシックのCD、古いレコード。
数々の受賞の証と思われる盾や賞状の類が、
書架の脚と床板の間に、
何となく無造作に積み上げられているのが、
無言で何らかの主張をしていた。
三度目のレッスンでは、
彼はおもに、先生その人を見ていた。
レッスンの間に見えるのは、子息に寄り添う後ろ姿。
背が薄い。寒くはないのだろうか。
ときおり譜面に書き込みをしながら、
子息を覗き込む横顔の、睫が深く、まなざしが思慮深い。
「公叔」の子息だからなのか、子供にも敬語を使う。
だのに、慇懃無礼な印象を受けない。
どんな風に弾きたいのか、わかりもしない
初心者の、しかも子供に、
楽譜の正しい読み方と表現は伝えても、
模範演奏の模倣を強要しない。
一度だけ握った、鍵盤を滑るほっそりとした指は、
派遣で雇っているメイドのものとも、
案件を持参して、書類を繰る若い男のものとも違う。
先生は、誰がお好きなのだろうか。
やはり、ピアノの詩人といわれる、ショパンなのだろうか。
先週気付いた、楽譜がびっしりと詰まったその書架の隅に、
小さなフォトフレームに収まった、
セピア色の写真が目にとまる。
家族だろうか。
五人で写った写真であった。
子供が三人と、男女の大人がひとりずつ。
そのなかに、小さな整った顔立ちをみつけ、
先生のまだ知らぬ過去を、少しだけ知った気がする。
ふたたび眸を転ずると、
中性的な容姿の、音楽の使者のような先生は、
レッスンの今だけ、人の世に留まっているような風情で、
当然のことではあるが、指導に専念して、
父兄である彼の、背後からの無遠慮な視線に目もくれない。
彼はこれを、不条理にも、いささか不満に思いつつ、
次からは、子息を一人で寄越す旨を挨拶して、
さきほど、白鍵を滑っていた、ほっそりとした手を
巨きな掌でとって、力強く握手を交わすと、
淡い個人的興味をいだきながら、
先生の家をあとにした。
半年ほど過ぎてから、息子はレッスンを怠り始めた。
あの先生を嫌って、とは思えない。
興味の対象が、別に移ったのだ。
元来、一人でじっと座って何かに取り組むのは、
不得手な性格でもあった。書道も続かなかった。
止めることは、いつでもできる。
レッスンの一時休止を申し入れに行ったつもりの
土曜日、先生との縁が、このまま疎遠になることが
何とも惜しまれて、彼は、思い切ったことを口走っていた。
「孔明先生、儂が通ってもよいであろうか」
先生は、いつもやや物憂げな眸を、円くしたように見えたが、
次の瞬間には、書架から真新しい、
薔薇色の表紙の楽譜を取り出して、快諾した。
単純に、月謝が減る心配が無用になっただけなのか、
一失一得、歳はとりすぎているが、
あらたな生徒を得て育てる喜びを覚えたのか、
それはよく分からなかったが、
彼はこうして、毎週土曜日の夕方に、
先生の教室へ通うことになった。
二人の弟たちから、
「四十の手習い・・・とは申しませんが、ご執心ですな」
「出張させりゃいいのに」
と、冷やかし半分に、からかわれながらも、
廿も年下の先生の家へ、
彼は、ついこの間まで無縁だった楽譜というものを携えて、
はじめは異国のように思えたこの教室へ、いそいそと通ってくる。
息子のために買い与えたサイレントピアノの、
巨きな耳を覆いきれないヘッドフォンのずり落ちを直しながら
平日の真夜中に、少しずつ練習を重ねる。
先生は
「お仕事とお稽古の両立は難しいものです。ご無理なときは、一小節でも構いません。レッスンは、いかようにも進められますので、お気兼ねなくお越しください」
と、彼の歳のことは言わない。
プロを目指すわけでもない、あくまで社会人のたしなみのレッスンを
受け持つ教師の立場としての、そんな言葉を真に受けて、
毎晩、オタマジャクシと格闘する自分が、彼はおかしくもあり、驚きでもあった。
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