牀前見幻影 (しょうぜんげんえいをみる)

2009/12/15

うをとみづ3世紀SS


※このおとぎばなしは 極めてヌルいですが、
後半部に微エロな表現を含んでおります。
微エロ表現に動じない、
心身ともに大人の姉さまのご覧を推奨

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今上が叔父と慕う、王者の風貌を備える彼は、
天授の長い腕を、虚空にさまよわせていた。

其の大きな掌を、よく馴染んだほっそりとした手に、
しっかりと握られて、引き戻されるような感触を手繰って、
彼は、目を覚ますなり、跳ね起きた。

「いかが遊ばしましたか」
息も荒く、全身に冷たい汗をかいて、
しばし視線の定まらない彼の傍に、
龍は、静かなる泉のように座っていた。

「夢で、あったか……」
寛き胸を大きく上下させて、安堵の溜息をつくと、
彼の龍が、いつの間にか気を利かせて命じたのであろう、
控えの間から、宿直の若い官に、水差しと蓋碗を運ばせていた。

「着替える。休んでおれ」
薄明るい、帳の向こうへ、大股に歩き去り、
寝衣をととのえて、彼は落ち着いたのだろうか、
ややあって寝台に戻ってきたときには、先ほどの
倉皇とした様子は消えていた。

寝台を降りて、行儀よく立ち待ちをしていた龍の傍に腰掛けると、
湯冷ましの、少し甘いような、常温の水を
努めてゆっくりと飲み干して、短く息を吐き出すと、
龍にも勧める気遣いを見せてから、
若い官には、下がってよいと、右手で柔らかに合図して、
「深更に、すまぬな」と、平素とかわらぬ労いを忘れない。

官は、行儀よく一礼すると、薄明るい帳の向こうへ
足音も微かに、退出していった。

「悪い夢は、得てして逆夢と申します」
あえて内容を問わず、暗闇にも映える白皙の貌に、
あたたかな気遣いを刷いて、彼の龍は微笑した。

古今の、王の夢見と歴史的事件との記録を熟知しているはずの
この龍にとって、夢卜は造作もないことであろうが、
夢の内容を、あえて尋ねようとはしない。

彼が求めなければ、手柄顔に占ってみせたりしない思慮深さと、
占いの類を、彼が軽視も重視もしないことを心得ている賢明さも、
彼の好むところである。

「何か、取り返しのつかぬような、夢であった」
言いながら、其の大きな掌は、官が下がってからずっと、
龍のほっそりとした左手頸を、痛いほどに掴みつづけていた。

 ”さては、わたくしをお斬りになる夢でもご覧であったか”
とも覚えたが、賢い龍は、おくびにもださない。

「わたくしも、たとえば・・・わたくしの葬儀の夢を見ます」
淡く笑みを浮かべて、
柩のなかは見えないというのに、
わたくしの葬儀だと分かるのです。
などと、世間話のように、吉夢か凶夢か、
彼には判然としない夢を打ち明ける。

態とらしく、明るい話題を選んだりしない、
この龍の、見方によっては陰気な考え方に発する、
淡淡とした夢物語を、黙って聴きながら、
「其処に、儂は居おらんであろうな。いや、居っては、ならん」
彼は悪戯気に、笑って見せた。

「そちは、終には儂の葬儀を出すのじゃ。
 儂は出さん。儂は、桓公ではない」
其れを聴きながら、龍は、みるみるうちに涙目になり、
ぎこちなく、大きな長い袖のなかの右手を、曖昧な高さに挙げる、
一見、ちいさく奇妙な行動をとった。

其れは、もしもこれが昼間ならば、白い羽の扇の先で、
目元まで隠しおおせる、無意識な動作なのだと察するや、
(儂と、したことが)
彼の龍はしたたかで動じない風に見えて、
余人は知らず、こと彼に関して、きわめて繊細なのだ。

阿ろうとして、過敏なのではなく、
感じやすいといった方が適切かもしれない。

いつの日にかは、死に別れなければならない。
其れは、この君臣のみならず、
人の世の定めであり、賢い龍が弁えていないはずもない。

然りながら、無二の主君の口から、そのように聞かされて、
いままさに、次の瞬間にも置き去りにされるような
不安が襲った、龍の双眸には、そのような色がよぎった。

(これは、ちと、かわいそうであった)
彼は、夢見の悪さからか、
なるべく私情をはさまずに婉曲に言葉を選ぶ
注意を怠ったことを、悔いた。

「遠い、先の話じゃ。孔明、忘れなさい」
寝台から立ち上がって、父性が滲み出るように、
ゆりかごを揺らすように擁してやると、
龍は、熱を帯びた長い腕に縋るように、
彼の字に敬称をつけて、懐で小さく啼くと、珍しくしがみついた。

夢の中でも、そう呼ばれていたような気がして、
(はて……?)
彼の脳裏を何かが走りかけたが、すぐに現実の知覚の方が勝った。

「さあ、眠るとしよう・・・。いかんな。體が、冷えておるではないか」
夢の欠片を捕まえることよりも、
腕の中の、冷え冷えとしていた我が龍に気をとられて、
思い出せそうでいて、やはり思い出せなかった。


  命じたわけでもなく、命じられたわけでもない。

  あるいは、思い詰める性質の龍に、いつしか
  彼のほうが絆されてしまったのかもしれない。

  王者の腕に、膚に、體に、
  もっと深く溶け入ってしまいたいという
  望みを抑えるには龍はまだ若すぎた。
  彼も、それを受け流せるほど、淡白ではなく、
  受け流してはならないほど、龍が脆いことも知っていた。

  そして、黙視できないほどの、彼だけに見える其の脆さを
  知れば知るほど、彼は寵が深みに嵌るのを覚えていた。

  決して、性急に、このような仕儀に立ち至ったわけもなく、
  どうしようもなく惹かれあう心に、
  如何にしたら、安らぎをも得られるものか、
  日ごと、夜ごと、臆病なほどに、相寄り添った末である。

  そして、こうまでしても猶、満ち足りないことを、
  互いに気付いてはいても
  道徳や人倫に雁字搦めになって
  耐え忍んで、じっと待っているのは龍の方で、
  近寄るだけで、否応なく増すばかりの共振のような、
  目に見えない心の震えに、我慢がならなくなるのは、
  いつも彼のほうなのだ。

  「……んとく、さま」
  我が君、とは呼んでくれるなと言い聞かせるのは、
  せめて、力で捻じ伏せて、無体を働くような錯覚に、
  陥りたくはない、彼の我儘かもしれない。

  抑えが利かなくなると、逡巡も、身に纏うものも 
  あっさりと脱ぎ捨てて、
  歳月に鍛え上げられた、寛き胸板を晒してしまうというのに、
  箍が外れるどころか、日ごろの優しさに輪をかけたように、
  ひと夜に、彼の口髭が掠めなかったところなど、
  どこにもない程に温もりを寄せ合ったあと、
  龍が好むところばかりを選んで、
  手心を加えて、ほんの淡く吸い痕を残しては、
  彼は、どれほどに其の身も心も知り尽くしているのかを、
  隠しもしない。

  「息を、吐いてご覧……これ、急くでないぞ、任せなさい」
  この世の何もかもを、思惑どおりに運んでいる龍が、
  其の身ひとつだけは、思いのままにならない様を扶けて、
   彼は、身の裡の烈しい滾りに少しも焦らずに、
  軋みそうなほどの龍の體に、ひたすらに気遣いを見せて、
  頼もしく落ち着いて振る舞うと、凌ぎがたさを暈すように、
  白い耳元で我が龍の名を幾度も囁いては、
  両の掌をほそい肩に滑らせて、
  ゆるやかに體の芯をつなげてしまう。
 
  情欲を遂げたいが為ではない。快楽に溺れたい為でも、更にない。
  この王に、何もかも捧げてしまいたい。
  我が龍に、印を刻みつけてしまいたい。
  斯様な、遣る瀬ないほどの想いを、
  鎮め合おうとするが為と見る方が、おそらく遠くはない。
 
  苦しい息の下の、求めてやまない切ない聲の甘さを、
  巨きな耳をすまして、吐息すら聞き漏らさぬように、
  痛みよりも慕わしさに潤んだ双眸と、
  ありったけの言葉をかわして、
  かなしくなるほど想いの籠もった指先に縋られた
  艱難を負い続けた厚みを醸す背を、彼は疼かせずにはおられなくなる。
 
  「ああ、さぞや辛苦であろう、許しておくれ」
  彼は、涙を濡らす襟すら毟って、
  熱い腕の中に閉じ込めてしまった龍と、
  身も心も結んだまま、其の鬢を、
  幾度も優しく撫で整えてやりながら、
  淡雪のように口づけを与え、ほろ苦いような嘆息を交えて許しを請うた。
 
  「だが、こうでもせねば、儂は、
   そなたに焦がれて、狂うてしまいそうになる」



彼は目覚めてすぐに忘れてしまった、
けれども、龍も同じ夜に見て、克明に覚えていた、同じ夢。

夢さえも共に見はじめている事実を、彼は、まだ知らない。

聡い龍ですらも、知る由もない。