秋風聲蕭蕭 (しゅうふうのこえしょうしょう)

2011/08/23

3世紀(ファンタジー・詩歌他)



あなたさまに 初めてお目にかかった夕暮れに
わたくしは横たわっておりました

あなたさまが おかくれになったあの日には
あたなさまが横たわっておいででした

あなたさまの 御許へゆかんとする今
わたくしはまた横たわっております

あなたさまの御許が
どのように存在するのか
わたくしにはわかりません
わかりませんが
あまり怖くはございません

あなたさまは
あの日おおせになりました

 あの世というものがあるかどうかは知らん
 だが
 あると信じたいということは
 再び会いたいと願う心が
 信じさせるのではないか
 実在するか否かと信じるか否かは
 また別儀であろう
 人は禽獣にあらざれば
 目に見えるものだけを信じて生きてはならん

 ……そしてそなたは
 一日でも遅く 来るのだぞ 
 天が計らうまで自分で来ようとしてはならん
 左様なことがあらば許さんぞ

お返事も満足に申し上げられぬわたくしの
頬の涙を御指でお拭いになり
かぎりもなく温雅なまなざしで
慈父のようにおおせになりました

わたくしははじめ
おおせの意味の半ばすらも分かっておらず
涙も枯れ果てて色を失った世に
ただ生きながらえておりました

あなたさまがおいでになるのは
もう目に見えぬ久遠の彼方であると
思い込んでおりました

ある春の日にひらいた桃の花をみあげて
夏の夕暮れに疲れを覚えて木陰をみつけて
秋の天高きに月がのぼるをながめて
冬の雪の日の燭の揺らぐ影に
かなしいだけではない涙を覚えて
この世は色を取り戻しました

あなたさまのお姿は目に見えぬだけで
どこにもかしこにも
おいでになったのです

あなたさまにこれから
どのようにお会いできるのかは
わかりません
わかりませんが
そう信じてもよいと思うと少しも怖くございません

わたくしは涙をこぼしたようでした
枕辺をとりまくひとびとが
あとを託す者の名を問うので答えます


丞相と呼ぶ声が遠くなるようでした
そして
いずこかから仄かに
懐かしき御聲が聴こえてきます
 
 あのようなことを言い遺して
 長らく随分と無理をさせてしもうた
 儂を許してくれるか
 孔明

はっきりと耳元で
聴き違えるべくもない
紛れもなき御聲がいたします

実在するから聴こえるのでしょうか
それとも
信じたからこそ聴こえるのでしょうか

大漢の世を泰からしめることができなかったと
お詫びせねばならぬのは
わたくしのほうでございます

こうして静かに横たわり
再び全てが始まるような心地すらいたします
いいえそれとも これが再びであり
また三たび始まるのかもしれません
あなたさまは御存知だったのでございましょう

舟が水に浮かぶがごとく
影が物に添うごとく
あなたさまと とこしえを
約されている夢のような事実に
ようやく安堵いたしました

次の世がどのようであるのかは
わかりませんが
ひとひらの花であったとしても
大樹のもとの小さき陰であったとしても
形とてない雲霧であったとしても
灯火のゆらぎのごときであったとしても
そこにはやはり
あなたさまがおいでになりますよう

一日でも早くお会いしてお別れは
一日でも遅く訪れますよう
あなたさまのおそばに
一日でも長く居ることができますよう

あなたさまの忘れえぬ俤を
瞼にえがいて
おっとりとしたお優しき御聲を
耳によみがえらせて
天の御計らいに祈ります

そしてもしも わたくしごときの俤が
遺してゆく誰かのためになるのであれば
花に 木陰に 雲に 燭のかげに
いましばらく微かに宿ることを許されますよう
遥けくも今ここにまします
あなたさまの御力にお縋りいたします

星は流れ墜ちるとも
姿かたちは罷るとも
あなたさまのまばゆき御遺徳とともに
この秋風のごとくに
かそけく今しばらく

お慕わしき我が君と






��2011年8月23日)



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