五行五色で5題  紅縄 (赤い糸)

2013/07/01

21c(五行五色5題) 劉公叔の物語(21世紀)

 真夏の夜に、月下老人のおとぎ話を紡ぐ彼の聲はおだやかで、少女が刺客におそわれるくだりのあとで、先生は早くも眠気を催した。
「……眠ってしまいそうで、ございます……」
 子供のような聲でそう呟くと、先生は僅かにみじろいだ。

「構わぬではないか」
 おとぎばなしとは寝入るためにあるのだろう。と、彼は先生と足首を絡めたまま、嘯いた。
「でも……。つづきを」
「ふむ、つづきか。頭のなかには栞を挟めぬゆえ、次もまたはじめから語るとしよう」

 彼が足首をほどこうとするので、先生はその爪先で微かに制しようとする気配を見せた。彼は咽喉の奥で低く笑うと先生をたしなめようとか、あるいは己を戒めようとか
「これ。勿体無いではないか。葷酒などしていては、だ」

 すっと通った鼻筋のうえを、まるで親猫が仔猫に躾をするときのように、彼は中指の腹のあたりで柔らかく温かに触れながら、目尻を下げてそう囁いた。 

 天井の四枚羽のファンの巡りは緩く、室内の空気の循環は控えめに配慮されているというのに、先生の心の中を見透かしたように、ナイトテーブルの上のティーライトの灯影が大きく揺らぐ。

 縁結びの神様である月下老人の名が出たところで、鈍感に見えて意外にお見通しの彼には先生の意図がわかり、もう少しでこの甜く抗いがたい誘いに乗りそうだった己の襟首を掴み
(待て、待て。このところ屋内でもしのぎにくい酷暑であったではないか。せっかく、庭いじりなどできるほどに小康を保っておるというに、儂の我慢のなさで損のうて、何とする)
 と、鉄壁の意思で慎むかわりに、きっと月老の紅い縄で結ばれているに違いない足首を絡めるだけにしたのだった。 

 先生にしてみれば、去年の秋から春節のあとまで兄上のことで頭がいっぱいで、そのあと俄かにもちあがった『西夏物語』の出版で、兄上の執筆の手伝いなどをしていたら、巷ではもう槿が咲き、蝉が鳴き始めていた。

 赤貧洗うが如しといえども劉家の堂堂たる当主は、その間つね日ごろと変わりなく多忙を極めていて、彼と先生がゆっくり寝物語などする時間に恵まれた日は、彼が書斎で一日缶詰になって署名を行う日ぐらいであり、指を折って数え上げられるほどだった。結果的に、有り体に言えば、去年から房事はなかった。

 彼には断袖の癖があるわけではなく、先生がみめよいからこうして傍においているわけではない。殖える心配のない若い軆を貪るためにこうしているわけでもない。先生が天才ピアニストで、この世で一番賢いから邸においているわけでもない。日々暮らして、それは分かっているはずなのに、緑に水を潤沢に与えることができる平和なひとときにふと大空を見上げると、血のつながりもなく、法的な関係もなく、いま軆のつながりも途絶えて、ただ彼の人格と人徳に裏打ちされた想いが変わらないことにのみ拠っていることが時に不安になるのだ。

 おそらくその不安は、先生が彼を信じられないというよりも、先生の方が、彼ほどの意思を持ったことがないゆえにいだく杞憂から發するのである。

 いったい、この世に、赤の他人に対してこれほど大きな優しさを与えつづけることができる者が、あと幾たりいようか。


「今だから言える冗談だが、公叔がおいででなければ、わたしは今頃お前とともに黄泉の客だったのかもしれないな」

 いつぞや、お茶の時間に兄上はそんな本音を口にして笑った。先生は笑えなかったが、兄上が笑えるのは、もうそんなことにならないという確信があるからだ。

 兄上の一件では、その間は心の傷口に鹽を塗るような毎日に感じたが、乗り越えてみれば、先生は自分も兄上も彼も手放さず、こうして今がある。彼がいなければ、無力な自分を発作的にこの世から消し去るか、絶望のあまり思いつめて本当に兄上に無理心中を迫ったりしたかもしれない。兄上は先生をよく知っており、いまや彼は兄上以上に先生を知っているといえる。

 思えば、周公瑾がいなければ、先生は彼の邸に住まうこともなく、そして兄上のことがなければ周公瑾と和解することもなく、こうして邸の外で才能を発揮する機会も喜びも知らずに、ただ彼といつの日か別れることを怯えて生きていたのかもしれない。

 ふと気がついてみれば、いま先生は相変わらず週に一度は魯府の兄上の書斎へ通って兄上の助手のような仕事をして、ここへ帰っても兄上の役に立てそうな調べ物を行い、時々は王立図書館へでかけて貴重書を閲覧したりする習慣を加えた。

 彼と暮らし始めた頃は、周公瑾との確執もあって外出を控えていた面もあるが、先生が劉家の車に乗らず出かける先といえばこの数年、目の前の恩賜公園と公孫花壇と水鏡老師のマンションだけといっても過言ではなかったのに、である。いつぞや、閣下が
「座敷牢にでも閉じ込めているのか」
 と揶揄したのは事実に即した故意の邪推であったといえる。

 彼は先生に何を強いるでもなく、先生の心と心を添わせるように日々を重ね暮らして、いくら金を積んでも権力を行使しても果たせぬ目に見えぬ力で、今日という日を招き寄せてしまった。こうして招き寄せるまで、赤の他人である彼はいつこの関係を降りてもよかったのに、決して先生の手を離さなかった。小さい頃から才能を発揮すればするほど妬まれて、若くして厭世の思いにとらわれていた先生にとって、彼のような人間が実在することだけでも奇跡的だった。

 傍目にはちいさくも先生にとっては大きな変化を経たことを察して、兄上は先生の才に敬意を払うだけではなく、ちょっと繊細すぎる気性に苦笑いしながらも独立した兄弟として対等に接してくれる。

「一見、平凡に見えるその世界一の幸福を、お前は手放してはならないぞ」
 兄上は、血の繋がった兄弟だからこそ言えることを、ときどき先生に言うようになった。聡い先生にはこの言葉の意味がよく分かっている。兄上は逆を示唆して先生を戒めたのだ。一見ドラマチックに見える悲劇のかりそめの主に傾きやすく、繊細で物事を悲観しがちなおのれの心を理解して、知性で御するようにせよという意味に違いなかった。

 他人は言いにくいことを兄上は言いながら、今回の『西夏物語』の利潤の5%が先生に支払われるように契約してくれていた。兄上はいま先生が公叔の家からすべて享受していることについてさえ、時に負い目を感じるであろうことを早くも見透かして、この本が当たろうと当たるまいと、そうしようと決めていたようだった。

 先生は王立図書館の帰りに何年ぶりかで銀行のATMというところへ立ち寄って通帳を差し込み、長い操作音のあと、最後の記帳欄で残高の桁が一桁跳ね上がっているのを見て驚いた。通貨というものは、この世で右から左に動かされているだけのものではあるが、今は生きてゆく為に必要なものである。先生はその金額よりも、心配性の自分がもっと安心して彼のそばで生きられるようにという、兄上の願いが形になった瞬間を見たようで、涙が出た。

 後日、兄上に礼を言うと
「でもなあ、ちょっと複雑な気分だ。昔、破格の20%で契約した訳本は、初版で絶版で、全く当たらなかったのにだ。素人の書いたものでも、今は新しいファンタジーの方が売れる時代なのかね」
 と、兄上は照れ隠しに難しい顔をしてみせたあと
「こんなに当たるなら、3%でもよかったか?」
 生真面目な兄上には珍しく、冗談で先生の笑いを誘ったのだった。そんな不器用な優しさは、とおい記憶の中の父にそっくりだった。


 兄上にずばりと言われたことを理解できることと、生き方に照らしてその理解を踏むことはおのずから違う。兄上が先生の頭の中を知ったなら
「また、そうやってお前は」
 と、悲観的な考え癖に舌打ちするであろうに
(月老の紅い縄は、亡きご令室と結ばれておいでだったと思うのが自然だ)

 自分など彼にふさわしくないのではないかと思い悩んだりしてしまう。月老が間違えて同性を結ぶことなどあろうはずもない。そんな思いも掠めることがあるだけに、彼の先ほどのひとことは、先生の不安の雲をひといきに薙ぎ払ってしまった。

 先生は、まさか彼が今日の宴の酒を持ち出すとは思わなかった。おそらく数献のシャンパンぐらいであろうから、それほどに過ごしたとはいえまい。そうであろう以上は、いくら閨房のことに疎い先生でも、先生の軆のことを思って慎む以上の意味を含んでいることを理解して、眠気にぼやけながらも慌ててしまった。

「つづきは、酒の入っていない次の夜にな、『初めから』……。まことに惜しいが」
 彼はそっと足首をほどくと、日焼け一つさせないふくらはぎのあたりを未練たっぷりに足の内側でつと撫でてから解き放ち、わざと、白い耳元に注ぎ込むように聞かせてやるのだった。

「月老のお話を、信じておいでですか」
 彼がなぜこれほどに強い優しさを持ち続けることができるのか、先生は彼と一日でも長くこうしていたい以上に、彼が信じるものが何であるのかを知りたかった。彼が信じているらしきことはあまた挙げることができるが、それはすべて、何かひとつに繋がっているように思える。
「信じておるよ」
「もしも。もしも……紅い、縄が……」
 先生がそれきり黙ってしまったので、彼は先生の不安を朧に察して、低く明瞭に続けた。
「どのあたりを信じるかといえばな、儂は、この話の終わり方が好きなのじゃ」
 彼は紅い縄も信じているのだが、あえてそれには触れなかった。
「あのふたりは、紅い縄で結ばれていたから許し許されたのではない。赤の他人であるのに、まごころで結ばれたからこそ、許すも許さぬもなかったのであろうと、儂は見る。娘が美しかったことや紅い縄は、話としての面白みにすぎん」
 紅い縄よりも真心が結ばれていることを信じようという彼のことばは、頼りないようでいて、彼の聲が言うからこそ、力があった。 
 そういえば、彼は人の言の葉からなりたつ「信」という文字も好きなのだった。

 彼にしてみれば、いつも信じていることを拙くも言葉にしようと試みただけなのだが、先生は名画を見たあとのような潤んだ表情をして眸を伏せた。それは遠い昔、どこかで見たことがあるような風情でもあった。
「おやすみ。良い夢を御覧。……孔明」

 彼は、白い寝顔に温雅なまなざしをそそいで照り映える黒髪を指の甲でそっと撫で、ナイトテーブルの上にほのめく蝋が残り少なくなったティーライトを吹き消したときに、ローズマリーの清涼な香りの仄かなたゆたいを聞き、記憶のかなたで、このような夜を何千回と重ねたような不思議を覚えた。



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