四君子で四題 #4 十六弁菊(二)

2017/02/02

21世紀パラレル 四君子で4題 劉公叔の物語(21世紀)

 詩竹大飯店のオープンカフェは、西洋式と中華式の朝食を用意しているので気楽である。


 彼らは朝粥の習慣を変えずに、異郷でも普段とそうかわらない朝食を、旅先ならではのゆったりした時間が流れるなか、水入らずで楽しむことができる。


 近ごろ流行りのパッケージツアーの旅客は、おおむね地下一階のカフェテリアで好きなものを廉く早く多種大量に食べることを好む傾向があるためか、オープンカフェの客は少ない。


 もちろんカフェテリアも悪くはない。ただ、人混みが苦手な先生には酷なのだ。
 たとえば粥に入れたい剥き胡桃の前や、食後の果物の前に人だかりが絶えないならば、先生はいつまでたっても食事を終えることができないだろう。
 彼は先生との食事では味わいとともに、なるべく全ての意味でのゆとりも買うのである。


 天井の高い設計に、竹や胡桃材を中心に用いた調度が並ぶ落ち着いた風情に近づくと
「おはようございます、劉大人」
 黒い蝶ネクタイのウエイトレスがいちはやく挨拶をよこしたので、彼は機嫌よく微笑み返す。
「おはよう。今朝は幸運に恵まれました」
 ウエイトレスは今朝の天上雲濤のことと察して、この耳の巨きな有名人に対して短く機敏に応じた。
「ご人徳の賜物でございます。どうぞ、お席にご案内いたします」


 オープンカフェは千年の風雪に耐える趣のみごとな松の盆栽が客を迎え、卓上には可憐な野の花の一輪挿しである。
 幽玄の景観を目のあたりにできる以上は、街でわざわざ大量の生花を贖って賑賑しく飾るという無粋を控えようという心づかいかもしれない。


 ちょっとした段差をのぼるときに、彼は後に続く先生を顧みて手をごく自然にとり、先生は着慣れた伝統衣装を少しだけ持ち上げて裾さばきも優雅に続いた。


 彼は麻のシャツと旅先で重宝する撥水性生地のゴルフパンツに柔かなコンフォートジャケットを合わせた肩のこらない服装をしていたが、先生の古風な装いに不思議と釣り合って見える。


 昨日は仕事帰りで背広姿の彼に合わせてシルクを選んだ先生だったが、今日は揚柳地の軽く淡いものを纏っていて、意図的に彼と彩りと素材の風合いを揃えたがゆえにかもしれない。


 連泊の客には上席が与えられることが多い。
 オープンカフェの中でも、床が一段高くなっている眺めのよいテラス席で、ふたりは囀りを含んだ風が軽やかにわたる仙境に似た眺めを賞しながら、和やかに一時間ほどを費やした。

 よい塩加減の粥をゆっくりと摂りながら、珍しい素菜を勧め合い、たびたび眸を交わしては何も言わずとも互いに微笑みが零れてやまない。沈黙すらも心地よく、沈黙はもはや沈黙ではない。

 生きるうえで忽せにできぬ「食」というものを、普段の多忙から離れてしかもこの世で最もかけがえのない人と共に摂るという時間の得難さを、彼は心ひそかに喜び惜しんでいた。
 摂るもの以上に、眸に映るもの耳に聴こえるものにまだ餓えていたのであろう。

 同時に、先生の白皙のうしろに雲霧わきいづる竹林や峯が加わると
(はて、いつぞや、いずこかで見たような)
 降雪の日に先生を思う時に似た甜い痛みさえ伴うざわめきを覚えてやまない。

 先生はといえば、慣れぬフライトの翌日だというのに、落ち着いて粥の匙を進め味わうことができている自分に今更ながらに小さく驚きながら、この変化は彼とともにこうして生き始めたからに他ならぬことに胸が一杯になり、いま風に乗って落つる葉さえも輝いて見えるのだった。

 食事を摂っているのか、思いをかよわせているのか、いずれもであるのか分からぬこの時間は、食後にウエイトレスを呼んで西湖龍井のティーポットに一度湯を足させてから、ようやく彼らふたりに満ち足るを感じさせたようである。


 オープンカフェからエレベーターホールへ進むもうとすると、大理石の壁の前に黒い帽子の女がじっと立っている後ろ姿に出会った。


 昨日の、あのペットボトルの女が結局は投宿してここに立っているというわけだろうか。先生は反射的に彼の肩のあたりに隠れて俯いて歩を進めようとする。


 しかし、携帯の着信音が小さく鳴るに続き
「もしもし? はい。わたしです」
 日本語が聞こえてきて女が振り返ったその瞬間に、女に注意を向けていた先生の不安も消え去った。
 彼女は昨日のペットボトルの女ではなかった。


 ペットボトルの女よりも背が低く、小柄である。全身黒づくめではなく、白いトップスにベージュを合わせた軽快な服装に、小さな鞄を斜めがけにしている。

 日本人らしく淡く特徴のない顔立ちで、厚化粧もせず、ただ眉だけ絵に描いたように美しい弧をえがき、育ちの良さあるいは品の良さが表情に現れている。ペットボトルの女のような派手さが全くない。
 十代二十代の娘でもなく、新婚旅行にしては地味で、幼子が傍にいるわけでもなく、そして通話の様子から一人旅ではない。


 だいたい、女の年齢というものはこの世の謎の一つであるものだが、とくに日本人の年齢は全く見破りにくい。天才伏龍先生の観察眼をもってして一瞥では判じがたかった。


 彼女がいま背にしたのは竹が描かれた水墨画の大きな額だったので、着信のぬしを待っている間にこれを鑑賞していたのかも知れない。


「いま? 関公竹の絵の前にいます。関、公、竹」
 関公竹の三文字を、国語の授業での質問に答えるかのように模範的な中国語で発音するこの外国人の興奮気味の弾んだ声が背後へと消えていったあと、先生ははっとして振り返った。
 
 先生の視界には、フロントを背景にして廊下を曲がって現れた人影に手を振って合図する彼女の後ろ姿が映っている。
 人影は白髪まじりの男性で、銀縁のレトロな丸眼鏡をかけ、杖を携えていた。
 携帯を鞄にしまった彼女は、男の杖を気遣う様子で、二人で連れだって玄関に向かっていった。
散策に出掛けるのかもしれない。


「いかがした」
 先生が何かに気をとられた様子に、彼も心配して立ち止まる。
「いえ、外国のお客もこの額をお好みとは、嬉しく思いまして」
 先生の聲や表情には不安の香りがなかったので、彼は安心して
「ふむ。時々おるぞ。あの三国の興亡の、熱烈なファンがな」
 やや大袈裟にそう応じながら、では身近な日本人で誰が三国のファンであるかを、彼は即座には挙げられない。


 二人は大きな額の前に移動して、この水墨画を仰いだ。
 竹の葉と枝振りのなかに、詩の文字が隠れているのだ。


不謝東君意
丹青獨立名
莫嫌孤葉淡
終久不凋零
 
 今を去ること千八百年の昔、当時の名将がのちの魏王の客将であった折、ついに魏王のもとを去らんとする夜に、魏王の厚遇を謝しながらも千里迢迢と主君のもとに馳せ参じずにはいられぬ心を詩情にあらわし絵に託して遺したものと言われている。


 この、珍しくもない画題の水墨画がここに掛かっている意義は、この竹とそっくりな竹が詩竹国立公園のなかに実在するろいうチイサナ奇跡に拠っている。


 多くの客は、その竹を描いた水墨画が掛かっていると誤解して旅を終えるが、日本人の彼女はこの絵が先に存在していたことを正しく理解していたようだった。 
 
 眼鏡の男は彼女の父だろうか。若い祖父かもしれない。
 
絵を前にしながら、先生が赤の他人に対して珍しく関心を払っていることを先生自身はもちろん、彼もまだ気づいていなかった。

(つづく)